守られた約束
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ナウムの部下になると告げた三日後の朝。
みなもは目を覚ますと緩慢な動きで体を起こし、熱を帯びた長息を吐き出す。
休んでいるハズなのに、体は虚脱感でいっぱいだった。
(……いい加減、嫌になってくるよ)
毎晩、同じような悪夢を見続ける。
しかも日を重ねるごとに夢は鮮明さを増し、目覚めた後も、体からあの手の感触が消えてくれない。
必ず悪夢を見てしまうと分かった今、もう驚いて飛び起きる気は失せた。
あの夢が現実にならなければ、夢でどんな扱いを受けても構わない。
所詮は夢でしかないのだから……。
気を持ち直そうと、いつものように首飾りの石を見つめる。
悪夢ですり減ってしまった精神が継ぎ足され、元の自分を取り戻していく。
ただ、みなもの顔に浮かんだ翳りを消すことはできなかった。
この石に助けられている。
けれど、夢で受けてしまった自分の穢れを、この澄み切った石に吸わせているように感じてしまう。
このまま石が濁ってしまい、彼の面影を消してしまいそうな気がした。
(これ以上、この首飾りを汚す訳にはいかない。特に今日は――)
みなもはベッドから降ると、衣装棚の前まで歩いていく。
そして戸を開け放って中を見回した。
ナウムが用意した服がずらりと並んでいる。
ここへ来た当初は、ナウム好みの露出が多いドレスばかりあった。
が、「俺、男物しか着ないよ」と言ったら、残念そうに中の服を男物と変えてくれた。
それでもドレスを着せることを諦めていないらしく、今も隅に数着だけ仕舞われている。
ドレスに目を向けることなく、みなもは今まで着続けていた服の襟に手をかける。
そして首飾りを外すと、洋服掛けにぶら下げた。
(ごめん、ここで待っていて。用事が終わったら、また戻ってくるから)
手を離すと、今度は別の服に手をかける。
淡い薄茶色の生地で作られた男物の服。生地の色が地味な分、袖や襟などに施された刺繍に力が入っている。
その服に袖を通してズボンを履き替えると、みなもは衣装棚の隣りに飾られた鏡に己を映した。
似合わないことはないと思う。
ただ、苦労知らずな貴族の青年に見えてしまい、漂う違和感に首を傾げる。
(何だか不相応な格好だけど、バルディグの王妃様に会うんだから、失礼のない格好をしないとね)
部下になると伝えた翌日、ナウムがいずみに打診して、この日に会う機会を設けてくれた。
城では落ち着いて話せないだろうからと、いずみをナウムの屋敷に招待する形を取って――。
(王も王妃もここに招くことができる力を持っているんだな。あんな男なのに)
いずみと会える日を教えてくれた時の、得意げに笑ったナウムの顔が脳裏に浮かぶ。
それだけで苛立ちがこみ上げ、みなもは顔をしかめた。
(……まあいい。約束を守ってくれたのは事実だ。心から感謝するよ、ナウム)
鏡に背を向けると、みなもは部屋の隅にある机の上に視線を送る。
そこには二通、赤い蝋で封をした手紙が置かれていた。