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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
一章
4/71

    傷口の毒

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 日も落ち始め、梟の声が外から聞こえてきた頃。

 みなもは椅子に座り、ランプで照らしながら男の傷を凝視していた。


 左腕から胸にかけ、剣で斬られたような傷。見たところ、さほど深い傷ではない。軽く縫合した今、数日もすれば抜糸できるだろう。


 気になるのは男の衰弱した具合だ。

 どこか打撲したのだろうかと全身を確かめたが、骨折や青アザは見当たらなかった。

 それに、傷口の肉がわずかに溶けている。


 彼を斬った剣に、毒が塗られていたのだとすぐに察しはついた。

 取り敢えず解毒の軟膏を塗っておいたが、徐々に精気が抜けているように見えた。


(念のために、もう少し強力な解毒剤を使ったほうが良さそうだ)


 みなもは常に懐へ忍ばせてある、特別な解毒剤が入った小瓶を取り出す。


(どんな毒かは知らないけど、この解毒剤ならどんな毒にも効くはず)


 指で蓋を摘んで手早く小瓶を開けると、液状の薬を口に含む。そのまま男の口元まで顔を寄せた。


 そして唇を重ね、薬を流しこむ。

 男は小さくうめいた後、喉を動かした。


(後は彼の体力と、気力次第だな)


 みなもが薬で濡れた唇を拭っていると、背後から「オレには無理な芸当だ」と、浪司のため息交じりの声が聞こえてきた。


「みなも、お疲れさん。これでも飲んどけ」


 浪司はみなもの隣に並ぶと、木のコップを差し出す。受け取って口を付けると、とても甘く優しい温もりが体を労ってくれた。


「ありがとう、浪司。これは何かな?」


「ワシ特製のハチミツ湯だ。疲れが一気に吹っ飛ぶぞ」


 胸を張る浪司へ、みなもは呟く。


「……やっぱり熊だ」


「んん? なんか言ったか?」


 そそくさと、みなもは浪司から視線を外す。


「いや……治療、手伝ってくれて助かったよ。こんな大きな体、俺一人だったら動かせないから」


 みなもは再び男へ視線を落とす。ただでさえ大柄なのに、鍛えられた筋肉がさらに彼を重くしていた。


 おかげで彼の体をきれいにするのは一苦労だった。男の力がなければ、彼は動かせられなかった。


 こんな時、自分は女なのだと自覚する。

 あまりにも非力で、一人では生きていけない弱い人間。


 もっと強くならなければ。

 みなもがそう思った矢先、浪司が好奇の目で男を覗き込んだ。


「なあ、しばらくここにいてもいいか? どうしてあんな所にブッ倒れてたのか、気になって気になって」


 面白がっている気はするが、人手は欲しいところだ。

 それに、この男が山賊などの類で、回復すれば襲ってくる可能性もあるだろう。

 みなもは浪司を横目で見ると、軽く眉を上げた。


「交代で彼の様子を見てくれるならいいよ」


 軽く目を見開いてから、浪司はぎこちなく片目をつむった。


「言うと思ったぜ、まあお安い御用だ。どっちが先に休む? ワシはどっちでもいいぞ」


「そうだな――」


 みなもが話そうとした途中。男が身じろぎ、目を僅かに開けた。

 澄んだ薄氷の瞳が覗く。


「……そこにいるのは、誰だ?」


 ようやく聞き取れる程のかすれ声。一言話すのも辛いのだろう、息も絶え絶えだ。


「安心して、俺はこの村の薬師。貴方の治療をしている」


 警戒されている気配が、ひしひしと伝わってくる。


 余計な緊張は傷にさわるだけだ。

 みなもは顔を近づけ、努めて優しく笑いかける。


「俺はみなも。貴方の名は?」


「……レオニード」


「事情は知らないけど、大変だったね。今はしっかり休んで、体力を回復させないと」


 熱を出した時に姉がしてくれたように、みなもはレオニードの頭を撫でる。こうされると安心して、眠りについたものだ。


 しばらくレオニードの息は荒かったが、次第に弱まり、寝息に変わっていく。 


 眠ったのを見計らい、みなもは顔を上げる。

 と、なぜか浪司は瞳を泳がし、こちらに目を合わせようとしなかった。


「どうかした?」


「あー、なんだ、その……見たらいけない物を見た気がする」


 たまに浪司はよく分からないことを言ってくる。理解できず、みなもは短く息をついた。


「浪司、疲れているんじゃないか? 先に休んだほうがいいよ」


「おお、そうさせてもらうぞ。一眠りして頭を冷やしてくる」


 浪司は「調子狂うぜ」と眉間を揉みながら、部屋を出ていく。


 そんなに変なことをしただろうか? みなもは首を傾げて見送ると、椅子に座り直してレオニードを見つめる。


 複雑な心境だ。意識が戻ってよかったと思う半面、彼を見て噴き出たわだかまりは、未だに消えない。

 この二つが反発しあって、胸の奥が気持ち悪くて仕方がない。


(きっといずみ姉さんなら、何の迷いもなく彼を助けるだろうな)


 誰にでも優しかった姉。

 何より久遠の花に強い誇りを持っていた。


 それに比べて、自分は私怨の塊だ。

 彼を見ていると、自分の汚いところが炙り出される気がした。


 死なないのなら、早く回復して目の前から消えて欲しい。

 そのために全力で治療してやろう。


 みなもが腹をくくると、荒ぶる心はひとまず落ちついてくれた。


(大丈夫、彼を送り出すまで耐えられそうだ……自分の心を殺すのは、慣れているから)


 フッ、とみなもは苦笑を浮かべる。

 こんなことを考えているくせに、久遠の花の真似事をしている自分が滑稽に思えた。


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