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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
五章
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    城下街の散策

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日になり、みなもは一人で城下街に出かけた。


 諦め半分で「気分転換したいから、外出させて欲しい」と言ったみたところ、予想外にあっさりとナウムは認めてくれた。


 何があっても今は逃げないだろうという自信もあるだろうが、ナウムはバルディグの諜報員を束ねていると聞いている。おそらく城下街にも諜報員がいて、こちらを監視しているのだろう。


 今はバレて困ることをする気はないから、見張りたければ見張ればいい。


 みなもは半ば開き直って、街をゆっくりと見回しながら歩いていく。

 まだ晴れの日の昼間でも寒い。そのせいで行き交う人は誰もが何重にも服を着込んでいる。

 住むには辛い風土ではある。ここに自分が居続けるのを想像すると、少し気が重くなる。


 ただ、昨日は馬車の中からで気付かなかったが、彼らの表情はどこか活き活きとしており、街の中も活気づいていた。

 不思議に思いながら街を探索していると、通りの左右に店が絶え間なく並んだ市場に着いた。


 露店が多く、みなもは薬草が売っている店はないかと探してみる。

 と、専門ではないものの、青果や山菜が並ぶ中に薬草を置いている店を見つけた。


 みなもが店の前まで来ると、口元に深く刻まれた皺と、大きく丸い目が特徴的な中年女性が「いらっしゃい」と声をかけてきた。


「おやアンタ、ここら辺じゃあ見かけない黒髪だけど、旅人さんかい?」


 愛想よくみなもは微笑み、頷いてみせる。


「ええ、昨日ここへ着いたばかりなんです。まだ寒いですけど、活気のある街ですね」


「そう言ってくれると嬉しいよ。一昔前は街の中も鬱々としてたんだけど……今の王様は先王様と違って、国のことを思ってあれこれやってくれる。良い時代になったもんだよ」


 女店主は大げさに胸を張りながら、少し遠い目をした。


「先王様は不老不死のことばかり考えて、国のことはおろそかになってたからねえ。でもイヴァン様は違うよ。アタシたちの声を聞いて必要なものを与えてくれるし、先王様の時に他国へ奪われてた土地を取り戻してくれるし」


「そういえば、今、ヴェリシアと戦っている最中でしたね」


「ああ。あの大国相手に土地を奪い返してるっていうんだから凄いもんだ。しかも他の国も相手して、戦いを優位に進めているらしいからね。だからこれだけ景気も良くなってるんだよ」


 微笑を浮かべたまま話を聞きながら、みなもは心の中で眉をひそめる。


 きっと他の国との戦いでも、毒が使われているのだろう。

 姉が作った、解毒の難しい毒を――。


 この国が潤う分だけ毒を受けて苦しむ兵士が大勢いるのだと思うと、胸が痛くなってくる。

 しかし戦いに勝ち続けることで、先王の悪政に苦しんでいたバルディグの民が救われ、希望を持って生きられるようになっていることも事実だ。


 そんなことを何度も考えながら、みなもは女店主と雑談を続けた後、鮮度が高かった薬草を購入してその場を立ち去った。


 他にも気になった店を訪れ、店の主や居合わせた客と言葉を交わし、少しずつバルデイグの様子を探っていく。


 姉を支えて、このままナウムに下るほうがいいのか。

 それとも、姉を止めたほうがいいのか。

 少しでも自分の取る道を判断する材料が欲しかった。


 店を何件も回った後、みなもは乾物の食材を扱った店へ立ち寄った。

 普段から食べられている物の中にも、毒や薬に使える材料はある。なのでいつも街の市場を巡る時は、必ず訪れるようにしていた。


 店先の大カゴに山積みとなっている乾物を眺めていると、みなもの隣に気配が薄い細身の男性が並ぶ。

 そして小さな声で、ボソリと呟いた。


「ナウム様がお呼びです。すぐに屋敷へ戻って下さい」


 どうやら彼もナウムの手先らしい。

 やっぱり監視されていたかと思いつつ、みなもは彼に顔を向けず小声で「分かった」と答えた。


 それを聞き、男は他の店へ移るフリをして、自然な様子で離れていく。

 言われた通りにするのは面白くなかったが、まともな用事があるなら仕方ない。

 みなもは踵を返し、元来た道を戻っていく。


 市場の終わりに差しかかった時、複数の人が各々に市場へ向かおうと前から歩いてくる姿が見えた。


 その中の一人に、みなもの目は釘付けになった。


(えっ……!)


 驚きのあまり、その場で足が止まる。


 短く刈り上げられた、赤髪の青年だった。

 背は高く、暗く濁った茶色の瞳。肌の色は心なしか浅黒い。


 その顔立ちは、今、一番会いたいと思っていた人によく似ていた。


 思わず青年の顔を、まじまじと見つめる。

 しかし、彼は一瞬こちらに目を向けただけで、そのまま市場のほうへと歩いていった。


 青年が人ごみに消えた後、みなもは小さく息をついた。


(……他人の空似か。もしレオニードだったら、俺を放っておかないだろうしね)


 レオニードのことだ、連れ戻しにここへ来ることは十分に考えられる。

 個人的な関係を抜きに考えても、バルディグの特殊な毒を治せるのは自分だけ。そんな人間を敵地に行かせたままにするハズがない。


 ただ、連れ戻しに来る人は、レオニードでなくてもいい。

 もしかしたら黙って姿を消したことに愛想を尽かして、彼は動かないかもしれない。


 見知らぬ他人に彼の面影を見てしまったのは、心のどこかで彼が来てくれるかもしれないと期待しているからだろう。

 ここへ来たら来たで、まだ心の整理がついていない状態で連れ戻される訳にはいかないのに。


(自分勝手だな、俺は……)


 みなもは小首を振ると、再び歩き始める。

 屋敷が近づくにつれ、揺らいだ心は静まっていく。

 そして胸奥のほうへ、表に出てしまった彼への想いを閉じ込めた。

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