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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
五章
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    チュリック開始

 ナウムはおもむろに、黒い駒を手に取った。

 

「先行はみなもに譲ってやるよ」


 チュリックは先行のほうが有利にゲームを進められる。

 分かった上で譲ろうと言っているハズ。

 それだけナウムに甘く見られているのは、ありがたかった。


 みなもは赤い駒を手にすると、少し思案してから盤に駒を乗せる。一息置いて、ナウムも黒い駒を置く。

 いくつか駒が置かれた後、ナウムは「ふうん」と声を唸らせた。


「意外とやるなあ。まあ、これぐらい手応えがないと、オレも楽しめねぇからな」


 ナウムは盤から目を離さず、黒駒をいじりながら口を開いた。


「あれから八年、か。……あの日のことは忘れられねぇ。久遠の花も守り葉も亡くなって、オレも口封じのために殺されかけた。だが、間一髪でいずみが助けに入ってくれたんだ」


「姉さんが?」


「自分の首に手術用の小刀を突きつけて、『彼を殺せば、私も死にます』ってな。ヤツらは久遠の花を生け捕りにして連れていくのが目的だったんだ。だから、いずみに死なれると困るからってことで、オレは殺されずに済んだ」


 淡々と言っているが、ナウムの声がいつもより低い。

 みなもはチラリと目だけを動かしてナウムを見やる。

 盤の駒を眺めていながら、その目はどこか遠くを見ているように思えた。


「命拾いはしたが、オレはいずみを逃がさないための人質としてバルディグに連れて行かれた。一人で逃げ出すことも出来たが、いずみを見捨てたくなかったからな。オレはいずみの付き人を申し出て、あいつを少しでも守るため動き続けた……これは本当だぞ?」


 体の良い嘘だと思いたいところだが、昼間の二人が脳裏をよぎり、みなもは考えを改める。


 言葉を並べて説明されるより、二人の間に流れていた空気を一目見たほうが説得力は大きい。

 きっとここへ来た当初は、ナウムだけがいずみの味方だったのだろう。

 

 いけ好かない男だが、彼が姉の心の支えになっていたのは間違いない。

 みなもは眉間に皺を寄せながら、大きく息をついた。


「意外だよ。お前にも恩を感じる心はあったんだな」


「命を助けてもらったんだ、そりゃあ恩も感じるさ。だが――」


 コト、と黒駒を置いて、ナウムは喉で人の悪い笑いを奏でた。


「――オレは恩人に無償で奉仕するような人間じゃねぇ。見返りを期待してたから、側に居続けたんだ」


「見返り?」


「白状するとな、オレはいずみが欲しかったんだ。心も、体も……イヴァンと会うまでは、結構いい雰囲気だったんだぞ」


 赤駒を摘みながら、みなもは顔を上げてナウムの顔を見た。


「……下手したら、お前のことを義兄さんって呼ぶ羽目になったのか。姉さんがイヴァン様と結ばれて良かったよ」


「言ってくれるなあ。これでもいずみを取られたこと、まだ引きずってんだぜ? だが――」


 ナウムの瞳にぎらついた光が宿る。


「――お前が現れてくれて、やっと踏ん切りをつけることができそうだ」


 不意にみなもの脳裏に、ザガットの宿屋でナウムが口にした言葉を思い出す。

 あの時、惚れていた女に似ていると言っていた。

 手に入れられない姉の面影を、こちらに求めているのだろう。

 

 みなもは赤駒を盤に置くと、わずかに目を細めた。


「俺は姉さんの代用品ってことか。馬鹿馬鹿しい」


「代用品な訳ねぇだろ。いずみの妹で顔立ちが少し似ているぐらいで手を出すほど、オレは無節操じゃねーよ」


 こちらの顔を見つめたまま、ナウムは盤上の黒駒を動かした。


「みなもの顔も勝気な性格もいいが、オレはお前の生き様が一番気に入ってる」


「生き様だって? 俺のことをずっと見ていた訳でもないのに、何が気に入ったっていうんだ?」


 みなもはムッとなってナウムを睨む。

 相手がこの男じゃなくても、自分の今までを知ったかぶりされるのは面白くない。


 敵意を隠さないこちらに対し、ナウムは怯むどころか、嬉々とした表情を浮かべた。


「お前の姿を見て、少しやり取りしただけでも分かるんだよ。……お前はオレと似ているからな」


 似ている? どこが?

 みなもが訝しげに顔をしかめると、ナウムは不敵に笑った。


「オレもお前も、いずみを守るために生きてきたようなもんだ。アイツを守るためなら手段は選ばねぇし、利用できるものは利用する……お前もそうやって生きてきたんだろ? その生き様がオレにはたまらなく魅力的だ」


 確かに、頭の中では生き残った一族全員の行方を知りたいと思っていたが、心はいずみに会えることばかり夢見ていた。


 今度こそ姉を守りたい。

 そのために守り葉の力を奮うことを、強く望んでいた。


 自分の扱う毒や嘘で、誰が苦しもうが傷つこうが関係ない。

 目的のために自分が傷ついても構わない。


 今までを振り返れば、久遠の花を――ひいては姉のために戦い続けることが生きる全てだった。


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