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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
四章
32/71

    浪司の問いかけ

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ふと物音がしたような気がして、レオニードは目を覚ます。


 まだ辺りは暗く、日は昇っていない。

 窓の外をよくよく見てみると、ほんのわずかに山際のほうが明るくなり始めていた。


 体を起こして、隣で寝ているはずのみなもへ視線を送ろうとする。

 しかし彼女の姿はなく、いつもより冷ややかな空気だけが流れていた。


 嫌な予感がする。

 レオニードは大きく体を響かせる鼓動を抑えようと深呼吸した。


(……みなもはどこへ行ったんだ?)


 ベッドから抜け出し、レオニードは念のためにボリスの部屋を確認する。

 シーツは整っており、人が使った形跡はない。

 

 もう目が覚めて下に行ったのかもしれないと思い、今度は一階へと下りていく。

 階段を下りる最中、居間からランプの灯りと思しき光が見えた。


(よかった、先に起きていただけなのか)


 安堵の息をつき、レオニードは階段を下り切ってからすぐ、灯りがあるほうへと顔を向けた。


 だが、そこにいたのは――みなもとは明らかに違う、大きな体躯の見慣れた男が、食卓の椅子に座っていた。


「浪司!? どうしてここに……」


「すまんなレオニード、勝手に上がらせてもらったぞ」


 砕けた口調の割に、浪司の表情に緊張感が走っている。

 彼がチラリと後ろの台所に目をやったので、レオニードもつられて目を向ける。

 そこには顔を布で隠した男たちが、ぐったりと体を横たわらせていた。


「一体ここで何があったんだ?」


「こいつらはバルディグの密偵だ。お前さんを始末するために来るだろうと思っていたら、案の定来やがった。だからワシが一肌脱いで戦ってやったんだ」


 話が進むにつれ、レオニードの頭から血の気が引く。


「みなもは……みなもはどこへ行ったんだ?! まさか密偵に攫われたのか?」


「結果としては同じことだが、みなもは攫われた訳じゃねぇ。自分からバルディグへ向かったんだ」


 言葉数が多い訳ではないのに、浪司の話がうまく頭に入ってこない。

 ここで気が動転してはいけないと、レオニードは必死に思考を働かせた。


 と、現状の不自然さにようやく気がつき、浪司を鋭く睨んだ。


「どうしてみなもがバルディグへ向かったと分かるんだ? それにバルディグの密偵が、どうして俺を始末しに来ると思ったんだ?」


 浪司は腕を組んでひと唸りすると、大きく息をついた。


「教えてもいいが、その前に一つ聞かせてくれ」


「何だ?」



「お前さんは、みなもの人生を――アイツが抱えているものを共に背負う覚悟はあるか?」



 言われた瞬間、レオニードの息が止まる。


 浪司はずっと間近で見ていたのだ。自分たちの関係に気づいてもおかしくはない。

 しかし、みなもの事情までも察しているのか?

 ずっと彼女が人に知られまいとして、隠し続けていたことなのに。


 驚きと警戒で顔が痛いほどに強張る。

 妙な動きはないかと注意深く見つめるレオニードへ、浪司は少し表情を和らげた。


「安心しろ、ワシはみなもの味方だ。そして、同じものを追い続けている仲間でもある。……みなもはまったく知らないがな」


「……浪司、お前は一体何者なんだ?」


「詳しい話は、ワシにお前さんの覚悟を見せてくれたら話す」


 声には出さないが、浪司は目を大きく開いて「どうなんだ?」と問うてくる。


 答えはすでに出ている。

 みなもが告白してくれたあの夜、行くなと引き止め、体を重ねてでも自分のところへ縛りつけたいと望んだ瞬間に。


 レオニードは怯まずに浪司を見据えた。


「俺はみなもの抱えているものを、共に背負いたい。もう彼が自分を偽らなくても生きていけるように――」


「本当にレオニードはクソ真面目だな。まだみなもの嘘に合わせてんのか」


 真剣に答えたはずなのに、なぜか浪司の目は面白いものを見つけたとばかりに笑っていた。


「ワシはアイツが女の子だっていうのは、ずっと前から知っている。だからワシの前では『彼』扱いしなくてもいいぞ」


「そ、そうか……」


 ホッと安堵すると同時に、少しからかわれているような気分になる。

 複雑な心境にレオニードが口を堅く結んでいると、浪司は歯をニッカリと見せた。


「これだからレオニードは、みなもの信用を得られたんだな。……なら、ワシもお前さんを信用しよう」


 浪司は軽く目を閉じて深呼吸する。

 そして再びまぶたを開いた時、彼の目から人懐っこい明るさが消えた。


「みなもがフェリクス将軍の解毒剤を作った時から、ワシもアイツの仲間がバルディグへいると確信した。だからワシは独自にバルディグの密偵を見つけて、情報を聞き出したんだ。ナウムがみなもを連れて行きたがってるっていう情報をな」


 もう二度と聞きたくないと思っていた名に、レオニードは露骨に顔をしかめる。


 ザガットでみなもから、ナウムが「オレのものになれ」と言ってきたと聞いた時には、怒りで理性が飛びそうになった。

 それと同時に、自分にも同じ願望があることに気づいてしまい、己に腹が立った。


 我を忘れてはいけないと、レオニードはどうにか怒りを抑えこむ。


「その情報、本当なのか?」


 浪司は「間違いない」と大きく頷いた。


「ナウムはみなもに執着している。だから親密な関係になったお前さんを始末するだろうと思って、注意を払っていたんだ。そうしたら案の定、部下に襲撃させてきやがった」


「そうだったのか……だが、俺のことよりも、みなもを引き止めることが先決じゃないのか? ナウムの元で、嫌な目に合うかもしれないというのに」


「確実に言えることは、ナウムはみなもを殺す気はないが、レオニードを殺したがっていた。……どんな病でも治る薬があっても、死んじまったら効かん。だからワシはお前さんを優先したんだ。それに――」


 わずかに浪司の目が細くなり、その目に苦渋の色を浮かべる。


「ワシらがずっと探していたものが見つかりそうなんだ。もしワシが引き止めたとしても、みなもはナウムの元へ行っただろうな」


 確かに彼女の性格を考えれば、そうなるだろうとはレオニードにも予想がつく。

 きっと力づくで止めようとしても、睡眠薬か、麻痺の毒を使って、ここから離れただろう。


 今まで求めていたものが目の前にぶら下がっているのに、待てというのは酷な話だとは思う。

 ただ、それでも行って欲しくはなかった。

 ここへ残って欲しかったと願うのは、自分勝手なワガママだと分かっていても。


 レオニードが思い詰めていると、浪司がおもむろに立ち上がった。


「これからワシはバルディグへ向かって、みなもへ会いに行く。レオニード、お前さんはどうするんだ?」


「俺も行く。マクシム陛下からみなもをバルディグに渡すなとの命も受けたが――」


 小さく頷いてから、レオニードは壁に立てかけてあった愛用の剣を手に取る。

 そして、剣が手と溶け合いそうなほどに、強く、強く握りしめた。



「――あんな男に、彼女を渡してたまるか」


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