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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
一章
3/71

    行き倒れの青年

 小屋へ戻ると、床に座ったまま荷物を整理していた浪司が振り返った。

 その姿が熊っぽく見えて、みなもは思わず吹き出す。


「おい、みなも。なんで笑うんだぁ?」


「あはは……ゴメン、気にしないで。これがお望みの薬だけど、この量で足りる?」


 みなもがいくつか小瓶を手渡すと、浪司は大きな手でつかみ取り、立ち上がる。


「凍傷用のヤツは一つで十分だ。今、北方は騒がしいからな。長くいるつもりはねぇ」


 騒がしい?

 鼓動が高まるのを感じながら、みなもは努めて自然に尋ねてみた。


「騒がしいって、何が起きているの?」


「最近バルディグって国が、あちこちに戦争を吹っかけているんだ。一時期国が荒れたせいで領土が奪われちまったから、それを取り返そうと躍起になってるってところだろうな」


 求めていた情報ではないが、もし北地に姉たちがいたとしたら大丈夫だろうか? 戦渦に巻き込まれていないだろうか?

 不安で胸が張り裂けそうなヒリヒリとした傷みが走ったが、みなもは密かに鼻から息を抜いて平静を取り戻すと、「大変だね」と話を流す。


「そんな時に北へ行くんだ。物好きだな」


「今の時期でないと食えねぇ珍味があるんだ。ワシは食い物のためなら、命をかける!」


 相変わらず自分の欲に正直な人だ。そんな彼が羨ましくもある。

 苦笑しながら、みなもは棚へ行って傷薬を手に取ると浪司に渡した。


「ちゃんと無事に顔を見せて、冒険の話を聞かせてよ。もう一つ傷薬、おまけするからさ」


 大切な商売相手でもあり、情報源だ。彼に何かあったら困る。

 こちらの思惑に気づいた様子もなく、浪司は上機嫌に歯を見せて「ありがとさん」と笑った。


 タタタタッ。


 突然、小屋へ全力で駆けてくる足音がした。


 バンッ!

 元気がいい……を通り越して、荒々しく扉が開く。


 さっき薬を渡した少年が、激しく息を切らせながら現れた。


「みなも兄ちゃん、大変だ!」


「どうしたんだ? そんなに慌てて」


「村の入口に傷だらけの兄ちゃんが倒れてるんだ! 全然動かないし、怖くて――」


 あぶない、一刻を争う状態だ。


 みなもは少年の話が終わらない内に駆け出し、小屋を飛び出る。


 少し遅れて浪司の足音もついてくる。

 少年の軽い足音もついてきたが、駆け込んで力尽きたのか、足音は遠ざかっていった。


 医者がいないこの村では、薬師の自分が医者代わりだ。この肩に人の命が乗っていると思うと、みなもの手に脂汗がにじんでくる。


(……いずみ姉さん)


 おじけづく心を奮い立たせようと、みなもは姉の姿を思い出す。

 何も語らない残像でも、勇気づけられた。


 村の入口へ行くと、道の脇にうつ伏せている人がいた。


 体躯は大きく、背中も広い。

 男性だということは見るに明らかだ。その足元には彼の荷物と思しき革袋が横たわっている。


 みなもは足を止める間もなく、即座に駆け寄ろうとした。


 彼の頭が見えた。

 その瞬間、みなもはその場に固まる。


 背中まで伸びた銀髪に、土で汚れた白い肌。

 紛れもなく北方の人間だ。


 見たところ、歳は二十四、五くらいだろう。

 八年前に兵士となって、村を襲ったとは考えられないが……わかっていても、こみ上げてくる怒りや憎しみは止まらない。


 みなもは腰に挿していた護身用の短剣を手にしながら近づき、表情なく男を見下ろす。

 と、追いついてきた浪司に肩を叩かれた。


「どうした? もうくたばってんのか?」


「い、いや……」


 みなもは我に返ると、しゃがんで男の手首をつかむ。


 ゆっくりだが、生きようとする力強い脈がある。


 頭から順に男を見ていくと、男の左袖が血に塗れていることに気づく。かなり時間が経っているのか、乾いて赤黒くなっている。


(放っておいたら、間違いなく死ぬな)


 こっちだって、北方の人間に村を荒らされた挙句、多くの仲間を殺された。


 彼を助ける義理なんてない。


 八年経った今も、これからも。自分は彼らを恨み続けるだろう。

 それに、本来なら自分は人を癒すべき者ではない。むしろ久遠の花を守るために、人を傷つける者だ。


 みなもがそう思った矢先――。


『貴女が人を傷つける姿なんて、見たくないわ』


 ふと自分が「守り葉になる」と言った時、姉に言われた言葉を思い出す。


 見殺しにするのは簡単だ。

 でも彼を見殺せば、姉との繋がりを完全に断ち切ってしまう気がした。


(もしかすると、彼から姉さんたちの情報を聞けるかもしれない。助ける意味はあるな)


 そう己に言い聞かせ、みなもは熱くなった頭を冷ましていく。

 理性が戻ったところで、浪司を見上げた。


「まだ息がある。俺の家へ連れて行くから、手伝ってくれないか?」


「よっしゃ、任せておきな」


 浪司は、ぺっ、ぺっ、と手に唾を付け、一気に男を担ぎ上げた。傷に響いたのか、男は眉間に皺を寄せてうなる。


 露になったのは、鼻筋の通った凛々しい顔立ちの青年だった。

 が、険しく気むずかしそうな顔つきをしている。まだ話もしていないのに、無愛想な印象を受ける。口も堅そうだ。


(……話、聞き出せないかもしれない)


 助けるのをちょっとだけ後悔しながら、みなもは彼の荷物を持ち上げ、自分の小屋へと走り出した。


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