偽りの恋文
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「みなも、ここ最近やけに機嫌がいいな」
作った薬を一緒に兵営へ運んでいる最中、浪司がニッカリ笑いながらみなもへ話しかけてきた。
みなもは首を傾げながら、浪司を横目で見る。
「いつも通りにしてるんだけど、そんなに機嫌よさそうに見える?」
「だってなあ、みなもと知り合ってから今まで薬を調合してる時は、表情一つ変えずに作ってるところしか見たことなかったんだぜ? それなのに、ここ数日は作ってる最中に何度も笑ってんだよ。そりゃあもう幸せそうっていうか、満たされているっていうか……」
ここ数日――思い当たる節がありすぎて、みなもは息を詰まらせる。
初めて交わったあの日から、レオニードと一緒に眠るようになった。
何度も肌を重ね合っているが、未だに恥ずかしくて慣れない。
ただ、その後に抱き締められながら眠り、目覚めた時に彼の顔を間近に見れることが、何よりも嬉しくて幸せだと思う。
薬を調合している最中、何度もそのことを思い出し、胸を温かくしていた。
きっとこれが原因なんだろうと、みなもは小さく苦笑した。
「あんまり自覚はないんだけど、多分、毎日いろんな人と会ってるせいかな? 今までずっと一人で住んでいて、小屋に来る人も疎らだったし、話ができるだけでも嬉しいものだからさ」
苦しい言い訳だとは思ったが、本当のことを伝える訳にもいかない。
誤魔化そうとするこちらの意図に気づいているのか、浪司は愉快げに目を細める。
「案外、誰かさんと噂通りになったから喜んでたりして」
……ああそうだった。野生の勘は凄まじいよね、この熊さんは。
心の中で皮肉ってから、みなもは「そんな訳ないだろ」と素っ気なく答える。
まだ浪司はからかいたそうだったが、兵営が間近になり「そういうことにしておいてやるよ」と引き下がってくれた。
兵営の藥師たちに薬を渡した後、みなもは負傷兵たちの手当てに取りかかった。
手際よく包帯を取り替え、傷が膿んでいれば専用のナイフで鮮やかに取り出して薬を塗る。
数人こなした後に、「みなもさーん」と呼ばれて振り向く。
そこには毒から回復して以前よりも血色が良くなっていたボリスが、みなもを手招いていた。
「ボリスさん、どうされましたか?」
みなもがボリスの枕元まで行くと、彼は急に辺りをキョロキョロと見渡した。
「……レオニードのヤツは?」
「今、マクシム陛下に呼ばれていますよ。もうしばらくで戻ってくると思いますけど」
「ああよかった。レオニードに見つかったら取り上げられそうだし、今の内に渡さないと」
ガサゴソとボリスは枕の下を探り、一通の白い封筒を取り出した。
「これ、兵士仲間から君に渡して欲しいって言われたんだ。どうしても自分の想いを伝えたいんだってさ」
差し出された手紙を見て、みなもは顔が引つりそうになる。
「あの、もしかしてそれは――」
「恋文らしいね。ただ、あくまで想いを知って欲しいってだけで、付き合って欲しいとか、返事が欲しいとか、そんな内容じゃないって言ってたよ。それから、読んだ後は燃やしてくれって」
同姓相手に恋文……なんて勇気のある人だろう。
レオニードのことだから、恐らく見つけても渡してくれるだろう――不本意そうに目を細めつつ、面白く思っていないことを悟られまいと瞳を逸らしながら。
みなもは目元を和らげ、「読むだけなら」と手紙を受け取って懐へしまう。
「分かりました、読んだ後に燃やしておきます。……レオニードに見つからない内に」
「ありがとう。これがバレたら、僕もレオニードに責められるだろうなあ。アイツは怒らせると怖いから」
二人でひとしきり笑い合うと、みなもはボリスと別れ、新たな薬を取りに行こうと廊下へ出る。
そして歩きながら懐から手紙を取り出すと、ナイフで封を切り、中身に目を通した。
見た瞬間、みなもはその場に立ち尽くす。
何度も、何度も、文面を読む。
どれだけ読み返しても、その内容が変わることはなかった。
しばらく固まっていると、後ろから「おーい」と浪司の声が聞こえてきた。
「ワシも手伝えばいいか……って、どうしたんだ? そんな所に突っ立って」
この手紙は、誰にも知られてはいけない。悟られてもいけない。
みなもは動揺を笑顔で消しながら、落ち着いた手つきで手紙を封筒に戻し、懐へしまった。
「さっきボリスさんから貰った手紙を読んでいたんだ。解毒剤を作ってくれてありがとう、だってさ」
浪司は「んん?」と訝しげな声を出したが、すぐにいつもの調子を取り戻し、みなもの背中を叩いてきた。
「感謝されて良かったな。ワシも手伝ってんだから、誰か書いてくれんかな」
「時間が空いたら俺が書いてあげるよ。浪司には手伝ってもらってばかりだからね」
「……同情で書いてもらっても嬉しくないぞ」
そんなやり取りをしながら、みなもは浪司と並んで歩いていく。
上辺だけはいつも通りを演じていく。
けれど頭の後ろのほうが、靄がかり、重くなっていく。
頭が寝ている訳でもないのに、目の前に映るものに現実味を感じられなかった。
これが夢ならいいのに。
目覚めればレオニードの腕の中で、挨拶がわりの口づけを交わし、「嫌な夢を見た」と言えればいいのに。
夢と現実が入れ替わるような錯覚を覚えながら、みなもは乾いた唇を湿らせた。