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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
四章
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    求めていた温もり

「ごめん、嫌な思いをさせるようなことを言って――」


 刹那、背後に足音が迫ってくる。


 振り向く前に、二つの腕がみなもを捕らえた。


 不意打ちの締めつけと、間近になった息遣いに、みなもの全身が一気に熱くなった。


「レ、レオニード!? 一体、何を……」


「離れなくていい。みなもが望むだけ、ずっとここに居てもいいんだ」


 どうしてレオニードが、こんな真似を?


 頭が混乱して、すぐに彼の言葉が理解できなかった。

 考えがまとまらず、鼓動ばかりが勝手に早まっていく。


 自分が自分でいられなくなりそうで、みなもは身をよじってレオニードから離れようとする。

 しかし、腕の締めつけが強くなり、こちらの動きは抑えられる。


 早く離れたいと思う一方で、離れたくないという願いが膨らんでいく。

 揺れる心を悟られまいとして、みなもは腕を上げ、レオニードの頭を軽く叩いた。


「男相手にこんな抱擁してどうするんだよ。冗談でも笑えない」


 あえてからかいの色を見せてみるが、それでも腕は離れない。

 無言が続いた後。

 レオニードが耳元で、腹の底から搾り出すような声で囁いた。



「もう無理して演じなくてもいい。俺は……君が女性だということを知っている」



 言われた瞬間、みなもの視界が白ばむ。


 一体いつ、どうやって気づかれた?

 自分の足を引っ張るしかない、一番知られたくなかった弱点なのに。


 目まぐるしく記憶を探っていくと、暗紅の瞳をした嫌な顔が浮かんできた。


「まさか……ザガットの宿屋で、俺とナウムの会話を聞いて知ったのか?」


「聞くつもりはなかったんだが、みなもを助けに行こうとした時に聞こえてしまった」


 ……腕をつかまれた時、さっさと毒の刃で仕留めればよかった。


 みなもが頭の中に浮かんだナウムに怒りをぶつけていると、レオニードが「それだけじゃない」と言葉を続けてきた。


「君があの宿屋で悪夢にうなされていた時、常に胸当てをしていることも、寝言の声が女性のようだったことも知ってしまったんだ。それがなければ、あんな男の言葉は信じなかっただろうが」


 ふとレオニードの腕から力が少し抜け、優しく包みこむような抱擁へと変わる。


「初めて会った時から、みなもは自分を隠したがっていた。だから、言えば恩人の君を追い詰めてしまうと思って、絶対に言うまいと決めていた。黙って力になろうと思っていた。だが……みなもの本心を聞いた以上、黙っていられない」


 浮かれそうな心へ水をかけるように、みなもの理性がつぶやく。


 レオニードのことだから、きっと同情してくれているんだ。

 もしくは彼なりに恩を返そうとしているのかもしれない。


 変な期待は持たないほうがいい。そう割り切って、みなもは静かに息をついた。


「ありがとう、離れなくてもいいって言ってくれて。同情からでも、その言葉が聞けただけでも俺は満足だから――」


「違う、同情なんかじゃない!」


 レオニードの声がにわかに鋭くなる。

 押し黙った後に出てきた声は、心なしか震えていた。


「俺も……君から離れたくないんだ」


「……え?」


 反射的にみなもは首を動かしてレオニードを見る。

 息がかかるほど顔が近くにあり、胸が見苦しく騒ぎ出す。


 こちらを伺いながら、レオニードがさらに顔を近づけ――。


 ――わずかに上向いたみなもの唇へ、己の唇を重ねた。


 以前に解毒剤を飲ませた時とは違う、苦味のない口づけ。

 何もないからこそ、伝わってくる温もりを全身で感じてしまう。


 ゆっくりとレオニードの唇が離れた時、みなもは二人の間に割り込んできた寒さで我に返る。

 緩められた腕の中で、みなもは体を回してレオニードと向き合うと、彼を見上げた。


 言いたいことはたくさんあるのに、言葉が出てこない。

 ただ熱く潤み出した瞳で、彼を見つめることしかできなかった。


 レオニードが少し照れくさそうに微笑を浮かべた。


「みなも、どうかここで俺と共に生きて欲しい。そのためなら、どれだけ君が重い事情を抱えていたとしても、まだ君に秘密が隠されていたとしても、すべてを受け入れたい。俺は君を……愛している」


 一緒に生きてくれるの?

 嘘ばかりで身を固めていた、弱くて臆病なこの身を愛してくれるの?

 今まで背負ってきたものを持ったまま、貴方の隣にいてもいいの?


 我知らず、みなもはレオニードを見上げたまま胸元へしがみつき、頬に一筋の涙を流した。


「どうしよう……レオニードに迷惑をかけ続けるって分かってるのに、すごく嬉しい」


 指で涙を拭いながら、みなもは笑顔を取り戻す。

 そしてレオニードの首へ両腕を回した。


「俺、かなり欲張りだから覚悟してよ? これで冗談だって言ったとしても、貴方を求め続けるから」


「その言葉、みなもに返そう。俺も自分で思っていた以上に、欲張りな人間らしい」


 どちらともなく顔を寄せ、再び口づけを交わす。

 ずっと求めていた温もりが惜しみなく注がれ、みなもの奥深くまで広がっていく。


 でも、まだ足りない。

 もっと、もっと、彼の温もりが欲しい。


 心が願うままに、互いに舌を絡め合う。

 レオニードから与えられる熱に応えるよう、みなもの体がますます熱を帯びていく。

 治まらない動悸で胸は苦しいのに、体は彼から離れたがらない。


 次第に熱さに混じって、みなもの背筋や脚を妙に甘さのある痺れが這っていく。

 口の中をかき乱されるほどにそれは酷くなって、力を奪われてしまう。


 立っていられなくなり、思わずみなもの体がよろける。

 咄嗟にレオニードが背中に腕を回して引き寄せてくれた。


「……大丈夫か?」


 顔色を伺うレオニードが愛おしくて、みなもはそっと彼の頬を撫でた。

 

「うん……大丈夫。ただ、このままだと辛いから……」


 わずかに残った理性が、続きを言わせまいと引き止めてくる。

 自分が言おうとしたことの意味に気づいて、みなもの顔が熱くなった。


 レオニードも気づいたらしく、一瞬だけ困ったように目が泳ぐ。

 しかしすぐに視線をこちらに定めると、軽々とみなもを抱き上げ、ゆっくりとベッドに運んでくれた。


 みなもを丁寧に降ろすと、レオニードが頭を愛撫しながらベッドへ腰かける。

 見下ろされる形で彼と目が合う。

 と、急に恥ずかしさと言いようのない不安がこみ上げ、みなもは顔を逸らして身を強ばらせた。


 自分が望んだことなのに、逃げたくて仕方がない。

 もっと彼を感じたいのに、これ以上彼を知ることも、己を見せることも怖い。

 

 レオニードの手がみなもの頬に触れ、優しく顔を上に向けさせる。

 そしてもう一度、深々と口づけた後。

 みなもの火照った耳元でレオニードが囁いた。


「嫌だと思ったら我慢しないで言ってくれ。君を傷つけたくない」


 彼の息に耳を撫でられ、思わず声が出そうになる。

 どうにか吐息に変えて声を逃がすと、みなもはレオニードの首にしがみつく。


「こんなこと初めてなのに、何が嫌だとか分からないよ。だから……貴方の望むままにして欲しい」


 これが自分にできる精いっぱい。

 一緒にいる限り、こちらの都合にレオニードを巻き込み続けてしまう。

 重荷になることもあるはず。

 それでも一緒にいたいと願う自分のワガママを、彼は受け入れてくれる。


 だからこそ、彼の望みに応えたい。


 レオニードから声にならない声で「そんなことを言われると、歯止めが効かなくなる」というつぶやきが聞こえてくる。

 そして耳から首筋に舌を這わせ、かすかに吸いついた。


 体へのしかかってくるレオニードの重みが、与えられ続ける温もりが、大腿を愛撫する手が、思考を奪っていく。

 服と胸当ての留め具が外され、みなもの素肌と胸が露になっていく。

 今まで作られてきた殻が剥かれていくにつれ、肌へ直接伝わってくる温もりに吐息が漏れた。


 彼のことしか考えられない。

 彼のことしか感じられない。


 誰かに縛られ、繋げられていくことが、こんなに嬉しくて気が狂いそうになるとは思わなかった。


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