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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
四章
26/71

    これ以上側にはいられない

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 夜になり空高く昇った月が、ヴェリシアの地へ冴えた光を落とす頃。

 みなもはなるべく音を立てないよう、荷造りをしていた。


 窓から入り込む月光を頼りに、手持ちの薬草や薬研を整理しながら、ゆっくり荷袋へ入れていく。

 隙間を作ろうとして、既に入れた物を退かしていると、細長く硬い物が手に触れた。

 作業の手が止まり、みなもはそれを荷袋から出す。


 黒い鞘に入った、細身の短剣。

 普段から腰に挿している護身用の短剣よりも、さらに強力な毒――ホダシタチという蛇から採った猛毒を塗った短剣だった。

 刃を出し入れする度に鞘へ仕込んだ猛毒が短剣につき、かすり傷を負わせるだけで人を殺すことができるという代物だ。


 みなもは猛毒の短剣に視線を落とす。


(もしかすると、これを使う羽目になるかもな)


 今まで自分の身を守るために毒を使ってきたが、まだ人を殺したことはなかった。

 自分からこんな物を進んで使いたくはない。

 しかし、もし仲間がバルディグに囚われているとしたら、行く手を阻むものを倒し、この手を血に染めてでも救わなくてはいけない。


 人の命を救う藥師を生業にしてきたのに、今度は奪わなくてはいけないのかと思うと胸が重くなった。

 何度も深呼吸を繰り返して覚悟を腹にためていく。

 それでも割り切れず、みなもは大きなため息をつきながら額を押さえた。


「……ここから立ち去るつもりなのか?」


 予期せず背後から話しかけられ、みなもは一瞬その場に固まる。

 弾かれたように振り向くと、そこには扉を遮るように立つレオニードの姿があった。


「ノックもなしに入ってくるなんて人が悪いな」


 咄嗟に誤魔化そうとして、みなもは笑みを浮かべてみせる。

 普段通りを貫こうと思っても、顔の動きはぎこちない。


 いつもなら、すぐに気配を察することができるのに。

 動揺で周りが見えなくなるなんて迂闊だったな、と激しい後悔に襲われる。


 本当はすべて準備を終えた後、レオニードに黙ったまま別れようと思っていた。

 言えばきっと彼は引き止めるだろうし、声を聞くだけで、顔を見るだけで、覚悟が揺らぐ気がしたから。


 立ち上がってからわずかに目を逸らし、みなもは床へ視線を逃がす。


「バルディグに仲間がいるって分かったんだ。だから……もう、ここにいる理由はないだろ?」


 レオニードから小さく息を引く音がする。しかしすぐに「いや」と言葉を返してきた。


「もしかすると他国で毒が作られて、バルディグへ密かに渡しているという可能性も考えられる。今の時点で結論を付けるのは早過ぎる」


 その可能性には十分気づいている。でも――。


 みなもはゆっくりと首を横に振った。


「俺の仲間がヴェリシアを苦しめていることは確かなんだ。それなのに、苦労して手に入れた情報を貰う訳にはいかない」


「君は俺たちを助けてくれた恩人だ、毒を作った人間じゃない。知る権利は十分にある」


「……権利っていうのは、受け入れないことも含まれるんじゃないの? このままのうのうと過ごして待つだけなんて、俺の気が済まないよ」


 このままでは埒があかない。

 どうにか話の流れを変えようと、みなもは顔を上げ、ワザと声の調子を明るくした。


「ずっと探してきて、ようやく仲間と会える希望が持てたんだ。焦ってるのは分かってるけど、やっぱり一日でも早く会いたいんだ。だから――」


「そんな今にも泣きそうな顔をしながら、無理して笑わないでくれ」


 レオニードの目が細くなり、自分が痛みに耐えるような表情を浮かべた。


「俺の思い過ごしかもしれないが……君が無理してここから離れたがっているように見える」


 思わずみなもの目が大きく見開かれる。


 本当にこの人はよく見ている。

 初めて会った時も、注意深くこちらを見続け、心のわだかまりを見抜いていた。

 あの薄氷の瞳は、こちらが隠そうとすればするほど、秘めていたものを映し出してしまう。そんな気がしてならない。


 見抜かれてしまうなら、いっそ曝け出してしまおうか。きっとそのほうが話は早い。

 己を隠すことを観念すると、やけに肩から力が抜けた。

 

「確かにレオニードの言う通り、俺はここから離れる口実を考えているよ。早く仲間に会いたいのは本心だけど……でも、それ以上に――」


 みなもは言葉を止め、長息を吐き出す。

 軽く目を閉じてレオニードの姿を隠してみると、言いたいことが口から自然に零れてきた。


「――貴方のそばに居続けることが、辛いんだ」


 レオニードの息が一旦途切れた後、戸惑い気味に「すまない」と口にした。


「俺は自分で気づかない内に、君を傷つけていたのか?」


「そうじゃないんだ。レオニードが俺の力になろうとしてくれて、すごく嬉しい。今までこんなに誰かを頼るってことがなかったから余計に……」


 一人でいた時、いつも寄り添っていたのは、寂しさや苦しみ。

 これが当然だと思っていたから、耐えられた。

 けれど、こんなに温かくて安心できる場所を知ってしまった今、ここへ留まり続けるほどに、身動きが取れなくなってしまいそうな気がしてならない。


 みなもは薄目を開けて、レオニードと目を合わせた。


「貴方の隣は、すごく居心地がいいんだ。ずっと離れたくないって思わせてくれるほどに。でも……それじゃあ仲間を探しに行けなくなるし、レオニードを困らせることにもなる。同性に貼り付かれ続けるなんて、貴方にとって迷惑でしかないだろ?」


 話の途中から、レオニードの表情が強張っていく。

 こんな愛の告白のようなことを男から言われて、さぞ面白くないだろう。

 頭では分かっているが、彼の顔に嫌悪する表情が浮かぶのを見るのは辛くて、みなもは背中を向けた。

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