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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
三章
23/71

    抑えられぬ渇望

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 鉛色の雲の向こうから、一羽の鳩が飛んでくる。

 まだ敷地に残雪を残した屋敷をぐるりと旋回し、鳩は二階の窓をくちばしで叩く。


 窓が開けられると鳩は怯えずに中へ入り、主である男の腕へ止まった。

 白く骨ばった指から褒美の木の実を与えられ、鳩は喜んで頬張る。

 その間に足へくくられていた紙が、男の手で外された。


 男は腕を動かして鳩を窓際に移し、手紙に目を通す。

 遠雷に照らされ、暗紅の瞳が光った。


「ナウム、それは何の手紙だ?」


 覇気のある声に呼ばれ、ナウムは振り返る。

 いつもはナウムがくつろぐソファーに、黒の軍服を着た青年が居座っていた。


 背中まで伸ばした赤金の髪を波打たせ、群青の瞳は何者も恐れない不敵な色が宿っている。眼光は鋭く、大きく力強い鷲鼻……まだ歳は三十に入ったばかりだが、すでにバルディグの王としての貫禄は十分だった。


 少し気圧されながらナウムは口を開く。


「密偵からですよ、イヴァン様。守り葉がヴェリシアに滞在してるそうです」


「ほう、こちらの手が届く所まで来たか」


 イヴァンは骨張った顎をなで、口端を引き上げる。


「ずっと探していたアイツの仲間だ。どんな手を使ってでも、必ずここへ連れて来い」


 受けて立つように、ナウムは微笑を返す。


「もちろんですとも。連れ帰った際には、是非この私めの部下にさせて頂きたく存じます」


「よかろう。他の褒美をつけることも約束してやる」


 ソファーを一度大きく沈ませてから、イヴァンは立ち上がる。

 たったそれだけで威圧感が増し、思わずナウムは跪いた。


「御意にございます」


「俺の期待を裏切るなよ。お前が部下を持ち、この屋敷に住まうことができるのは、お前が俺の期待に応え続けているからだ。くれぐれも忘れるな」


 振り返らず、そのままイヴァンは部屋を出ていく。

 王の気配が遠ざかってから、ナウムは立ち上がって舌打ちした。


(アンタには利用価値があるから、オレは従ってやってんだよ。そうでなきゃあ、とうの昔に裏切ってるところだ)


 ここが自分の邸宅であっても、どこで誰が聞いているか分からない。

 心の中で悪態をつき、ナウムは机に向かう。


「さて、密偵に指示を出しておかないとな」


 ナウムは引き出しから紙を出すと、羽根ペンを調子よく走らせる。


 イヴァンの言いなりになるのは面白くない。

 しかし、これで欲しかった力も、手に入れたかった女の面影も手に入る。

 守り葉を――みなもを自分のものにできると思うだけで、気分が高揚した。


 どう自分の下に組み敷いていこうか。

 優しい言葉を並べて、ゆっくりと心をほだしていきたいところだが、もう感情を抑え続けて気長に待つことなどできない。


 彼女を隣に繋ぐことができるなら、どれだけ嫌がろうが泣き叫ぼうが構わない。

 好かれなくてもいい。憎まれてもいい。

 どんな卑怯な手を使ってでも、みなもという存在が欲しかった。


 熱くなり続ける欲まみれの心とは裏腹に、頭の片隅で冷え切った理性が、狂気じみた想いだと己に呆れる。

 もしこの心を外に出して見ることができれば、さぞかし醜悪で強烈な吐き気を感じずにはいられない、直視することもできないような代物だろう。


 あまりに浅ましい想いだとは自覚している。

 だが、胸奥から湧き続けるドス黒く熱い欲が、狂うことのできない理性をあざ笑っていた。


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