切り開かれた道
「あと、これは提案なんだが……もしバルディグの毒とみなもの仲間が無関係だと分かった時は、仲間の行方を我らで調べようと思っている。どうだ?」
一瞬、何を言われたのか頭に入らず、みなもはその場に固まる。
何度かまばたきした後。震え始めた唇を動かした。
「あの、本当によろしいのですか?」
「自分の褒美は要らないから、みなもの力になって欲しいとレオニードに請われたんだ。余もその提案に異存はない」
思わずみなもはレオニードへ目を見張る。
視線が合い、彼はほんのわずかに頷いた。
驚きが治まらないみなもへ、マクシムは口元を綻ばせる。
「もし仲間と再会できたなら、ヴェリシアへ連れて来るが良い。人数が増えて大所帯になっても構わぬ、住処や土地もこちらで用意しよう。ぜひこの地に腰を落ち着けて欲しい」
きっと恩に報いたいという思いだけでなく、優秀な藥師を手元に置きたいという狙いも、バルディグから毒の脅威を取り除きたいという思惑もあるだろう。
自分たちに利用価値があるからこそ、国が動いてくれたのだ。
そんな狙いがあると分かっていても、嬉しくて泣きそうになった。
「……ありがとうございます、マクシム様」
みなもが一礼すると、マクシムが「うむ」と淀みのない返事をした。
「さて、と。もう少しゆっくり話したいところだが、長居しては作業の邪魔になるな。今日はこれで執務室に戻らせてもらうぞ。また後日に時間を作るから、話を聞かせてくれ」
そう言うとマクシムは、手をヒラヒラと振りながら部屋を出て行った。
バタン、と扉が閉じる音を聞いた瞬間。
体から力が抜けて、みなもの体がよろける。
咄嗟に横からレオニードの腕が伸び、背中を支えてくれた。
放心したまま、みなもはレオニードを見上げる。
ずっと仲間を探し続けて、終わりの見えない行く末に絶望すらしていたのに。
まさかこんな形で光が差すとは思わなかった。
こちらを見下ろすレオニードの瞳は相変わらず澄んだ薄氷色で、吸い込まれそうになる。
みなもが見つめ続けていると、彼は恥ずかしそうに目を泳がす。
しかし意を決したように、こちらへ視線を合わせてきた。
「みなもと一緒に居続けながら、ずっと考えていたんだ。どうすれば君に報いることができるのだろうかと……」
言葉を区切り、レオニードはみなもと正面から見合わす形をとる。
大きな手を、みなもの両肩へ乗せた。
その重みに鼓動が大きく跳ねた。
「横で見ていると、いつも君は寂しそうで、生きていること自体が辛そうだった。みなもは大切な――恩人なのに、過去のことに縛られて苦しみながら生きるのかと思うと、いても立ってもいられなかった」
何も言わないみなもへ、レオニードは申し訳なさそうに目を細めた。
「勝手な申し出かもしれない。だが、これでバルディグにみなもの仲間がいても、いなくても、過去のことに一区切りつけられる。だから……どうか何者にも捕らわれず、君の人生をもっと大切にして欲しい」
一気にみなもの視界がぼやけ、頬へ一筋の涙を流す。
慌てて手の甲で涙を拭う。けれど次から次に雫は流れ、何度も、何度も拭う。
「うわ、嫌だな……泣くなんて女々しい」
仲間たちと離れて、ずっと一人で生きてきた。
まだどこかで仲間が生きているかもしれない、という儚い望みだけが全てだった。
失ったものを取り戻すことしか、頭になかった。
だからレオニードの言葉は、目から鱗だった。
何者にも縛られず、自分だけの人生を生きてもいいのだと――。
常にどこか闇色の薄布をかけたように、ほの暗く見えていた景色が、みなもの目へ鮮やかに映る。
涙はまだ流れていたが、自然と笑みが浮かんでいた。
「ありがとう。ここまで言われたら、もうレオニードから離れられなくなりそうだな。あんまり俺を甘やかすと、ワガママし放題になるぞ」
冗談めかしてみなもが言うと、虚を突かれたようにレオニードの目が丸くなる。
真面目な彼にはきわどい内容だったかと、みなもは「冗談だよ」と首を傾げて見せた。
作業を再開させようと、みなもはレオニードへ背を向ける。
後ろから、「そうか、冗談なのか」という呟きが聞こえてきた。