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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
三章
16/71

    待ち望んだ薬草

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 馬車を走らせて三日が経過した日の午後。

 窓から見えた寒々しい山や木々の景色が、突如として大きな街に変わる。


 深緑や緑青色の三角屋根が連なり、白壁に描かれた蔦や花の模様が街に色を添えている。

 街の四方は黒々とした外壁で囲まれており、建物の美しさが一層映えていた。


 しばらく街の景色が流れ、間もなく整然と石を積み重ねた門をくぐる。

 大きな広場と、雪を固めて造ったような白く繊細な城が間近になった所で、馬車の動きは止まった。


「どうやら着いたようだな」


 肩を回しながら、浪司は馬車の扉を開ける。

 寒い、というより肌を刺すような痛さに出迎えられた。


「ここがヴェリシアの王城……」


 みなもは体を硬くしながら馬車を降りた。

 荘厳な城を、下から上へとゆっくり仰ぐ。長い年月をかけて雪の結晶が積もったような美しさに圧倒される。


 駆け付けた兵士たちとなにかを話してから、レオニードがこちらへやって来た。

 だいぶ体が冷えたのだろう、顔が青白くなっている。


「疲れているところで悪いが、このまま王宮の薬師が集まる研究棟へ向かう。みなもの護衛ということで、浪司も中に入れるよう話を通しておいたから、ついて来てくれ」


 疲れているのはレオニードのほうじゃないか。

 心配なところだが、一刻も早くコーラルパンジーを届けて解毒剤を作りたいのだろう。

 みなもは大きく頷き、歩き出したレオニードの後ろへ浪司とともに続いた。


 城の正面を迂回して、東の城門から中へと案内される。

 廊下には深紅の絨毯が、左右は乳白色の壁が続いている。天井を見ると、金や銀の装飾や絵が施され、華々しい天上の物語が紡がれていた。


 こんなことにならなければ、一生縁のなかった世界。

 気後れするみなもの隣で、浪司が感嘆の声を上げた。


「凄ぇ……あの天井、ちょっと削っただけでも金になりそうだ」


 言葉は無礼極まりないが、浪司も城に圧倒されている。

 あんぐり口を開けて辺りを見渡す姿は、獲物を探す熊のようだ。


「浪司、あまり品のないことは言わないでくれ。他の者に聞かれたら、追い出されても文句は言えない」


 レオニードに注意され、浪司は慌てて「気ぃつける」と口元を押さえた。


 絨毯でくぐもった足音を疎らに鳴らし、一行は廊下を進んでいく。

 外よりはマシだが、冴えた空気はいつまで経っても消えない。みなもの指先や耳は、冷えて痛みを覚え始める。


 早く温かい所へ行きたい。

 切実にみなもが願っていると、草の文様が施された扉の前でレオニードが足を止めた。


「ここが藥師たちの作業室になる。あとはコーラルパンジーを渡せば、彼らが解毒薬を作ってくれる」


 そう言うと、レオニードは扉を軽くノックし、扉を開けた。

 部屋の中から温かい空気と、薬草独特の青臭い香りに出迎えられる。ザガットの店よりも臭いがキツい。

 それでもみなもは平然としていたが、レオニードと浪司はむせていた。


 大きな部屋の中では十人ほどの薬師が、各々の机で薬草をすり潰したり、紙になにか覚え書きをしたり、天秤で薬を量ったりと慌ただしい様子だった。

 扉の音に気づいていないのか、誰も作業の手を止めようとはしない。


「誰か来てくれないか! コーラルパンジーを持ってきた」


 レオニードの声を来た瞬間、薬師たちは弾かれたように頭を上げた。

 みんな年齢は違うだろうが、一見すると四十代、五十代の中年男性ばかりに見える。


 部屋の熱気で白い肌を赤く染めていた藥師たちは、顔を見合わせながら「おお!」と歓声を上げた。


 年長者らしき白ヒゲをたくわえた一人の老人が、みなもたちへ歩み寄ってきた。


「よく見つけてくれた。……本当にありがとう」


 ずっともどかしい思いをしながら、薬を調合し続けていたのだろう。憔悴しきった顔に、ホッと安堵の色が浮かんでいる。

 レオニードは荷袋を開けると、コーラルパンジーの入った革の袋を手渡す。

 それを受け取ると、老人は「こっちに集まってくれ」と中央の机に他の藥師たちを集め、袋を開けて中身を取り出した。


 これで解毒剤が作れると喜ぶ藥師たちを、みなもは目を細めて見つめる。

 彼らの仲間が助かるのは嬉しいが、それ以上に羨ましかった。



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