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黒き薬師と久遠の花  作者: 天岸あおい
二章
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    レオニードの決意

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 大通りから逸れた小道をそのまま歩いていくと、白壁の簡素な民家が立ち並んでいた。

 どこを見渡しても、商人や観光客らしき姿は見当たらない。そんな街の雑踏から離れた所に、浪司は宿を取ってくれた。


 外観は民家と変わらない。しかし部屋へ通されると、意外と品のよい家具やベッドが置かれており、心地良い清潔感が三人を迎えてくれた。


 レオニードが部屋を見回していると、みなもが部屋へ入るなりベッドに倒れこむ。


「良いお店だったけど、変な奴に触られて……疲れた」


「気にすんな、あれぐらい。尻を撫でられるよりマシと思え」


 大口を開けて笑いながら、浪司は窓を開けて手すりに腰かけた。


 レオニードもベッドに腰かけ、窓からそよいでくる風に感じ入る。火照っていた体が冷やされ、肩から力が抜ける。

 耳を澄ませてみると、空に響く海鳥たちの声が聞こえてきた。


「一休みしたら、どっか出かけるか? ……んん?」


 浪司が奇妙な声を出してベッドを見る。つられてレオニードも目を向けると、みなもが小さな寝息を立てて眠っていた。


「寝るの早っ。ま、それだけ疲れていたってことか」


 声を落として浪司は笑うと、レオニードに顔を近づけて声をひそめる。


「ワシはこれからカジノで遊んでくるが、お前さんも一緒に来るか?」


 レオニードは小さく首を振り、浪司を一瞥する。


「悪いが、俺も休ませてもらう」


「つまんない男だなー。お硬いヤツは人生損するぞ? ワシの生き様を見ておけよ、一発ドカンと当ててやるからな」


 そう言って浪司は部屋を出ようとして、立ち止まった。


「あーそうそう。ついでだからヴェリシア行きの船券、買ってきてやるぜ」


 再び歩き出した浪司の背を、レオニードは見送る。

 彼の言動に呆れることはあるものの、意外と気遣いのある男だ。

 今まで周りにいなかった種類の人間で、未だにどう接すればいいか分からないが。


 廊下の足音が完全に消え、部屋に心地よい静けさが流れる。無音ではなく、風や外の雑音が丁度よい。

 しっかり休めそうだと、レオニードは態勢を崩してベッドへ横たわろうとする。


 隣りで眠るみなもが視界に入り、動きを止めて彼を見た。


 起きている時は気付かなかったが、寝顔は随分あどけない。肌も滑らかで、少女のように瑞々しい。年は十八だと聞いているが、とても成人に近い男性とは思えなかった。


(……こういう顔もするんだな)


 初めて会った時から、みなもは自分の素顔を見せようとしない。

 常に「何でもない」と微笑で己を隠し、相手の出方をうかがっている感がある。誰に対してもだ。


 それが馬車に酔ってから、崩れてきている。

 ずっと張りつめていたものが、緩んでいるような……みなもには悪いが、少しは心を許してもらえている気がして嬉しかった。


 この命を助けてもらっただけでなく、仲間の命も助けてもらおうとしている恩人だ。

 できれば彼の力になりたい。


 きっと彼はそれを望んでいないのだろうが。


(無理もない、か。子供の時分にあんな目にあって、今まで一人で生きてきたんだ。しかもそんな目に合わせたのは、俺と同じ北方の人間……)


 一体どうすれば、彼に報いることができるだろうか?

 どれだけ考えても答えは出ず、レオニードは額を押さえた。


「ん……」


 微かにみなもが身じろぐ。寝苦しいのか、眉間に皺が寄っている。妙にその顔が艶めかしく、目のやり場に困る。


 自分も仮眠を取って、やり過ごしたほうがいいかもしれない。

 そうは思っても、レオニードはみなもから目を離せず、息を呑む。

 

 次第に寝息が乱れ、みなもが辛そうにうめく。

 そして口を動かし、どうにか聞き取れる声で呟いた。


「いずみ、姉さん……」


 高く澄んだ声に、レオニードは固まる。


 どう聞いても、男が出せる声ではない。

 あまりに柔らかく、甘さすら漂っている。


(まさか、本当は女性なのか? ……い、いや、単に歳を誤魔化しているだけかもしれない)


 まだ声変わりを迎えていない少年ならば、今の声も腑に落ちる。

 だが、もう一つの可能性が頭から離れない。


 どちらにしても己を見せたがらないみなもにとって、知られたくないことだろう。

 見るに見かね、レオニードは立ち上がってみなもの肩を揺すった。


「みなも、起きろ。大丈夫か?」


 すぐにみなもは目を開けず、うなされ続ける。

 と、急に置き上がり――レオニードの胸元へ抱きついてきた。


「姉さん、行かないで!」


 不意打ちの締め付けと涙声に、レオニードの胸が詰まる。

 身内と離れた時の夢を見ていたのだろう。そう思うと不憫でならない。


 みなもを落ち着かせようと、レオニードは彼の背中を撫でようとした。

 手に、何か硬いものが当たる。


(これは……胸当てか?)


 疑問に思った矢先、みなもの体が弾かれたように離れた。


 紅潮した頬から色香が漂い、レオニードの鼓動が大きく脈打つ。

 睫毛を伏せて細い長息を吐くと、みなもは立てた膝に腕を乗せてうつむいた。


「ごめんレオニード、嫌な夢を見た。たまに見るんだ……村を襲われて、家族や仲間を殺されて、姉さんと離れる夢。肩を揺すられて、姉さんが戻ってきたかと思ったよ」


 自嘲気味にみなもが「そんな都合のいい話、あるはずないか」と呟く。

 涙こそ出ていないが、丸まった背中が泣いているように見える。


 しかし再びみなもが顔を上げると、いつもの気丈な顔に戻っていた。

 さっきまで儚げだった瞳の光は力強くなり、危うい弱さを隠す。


 ずっとそうやって仲間や家族を失った悲しみや、一人になった心細さに耐えてきたのだろう。

 不意にみなもが、泣くまいと意地を張り続ける子供のように見えた。


 何の慰めにならないと分かっていても、思わずレオニードの手が伸びる。

 少し寝乱れたみなもの頭を優しく撫でた。


 怒られる事を覚悟していたが、意外にもみなもは微笑を浮かべた。


「フフ……懐かしいな。いつも怖い夢を見た時、姉さんがこうしてくれたから」


 そう言うと、やんわりとレオニードの手から離れ、こちらを見上げる。


「ありがとう。少し楽になったよ」


 みなもの穏やかな言葉や表情とは裏腹に、「もうこれ以上、深く関わるな」と突き放された感じがする。


 初めて言葉を交わした時から、彼は強い人だと思っていた。


 ただ、今はその強さが悲しい。


 不意に抱きしめたい衝動に駆られたが、レオニードは思いとどまる。

 今は何をしても、みなもを追い詰めるだけだ。

 そして自分の心も、冷静に彼と向き合えない。


「……そうか。それなら良かった」


 釈然としなかったが、レオニードは引き下がる。

 しかし引き下がりながらも決意する。


 全力で彼を守り、力になろう。

 ――彼が何者であったとしても。

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