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楽園の日常  作者: 林目凌治
Episode1 楽園の日常
6/6

楽園の逃亡

―――チームオアシス拠点内、外



 轟々とうねりを上げる大気の中で私は動き回っていた。


 暑い、熱すぎる。

 すでに日も落ちかけた時間であるにも関わらずここはあまりにも暑い。

 おそらく原因はいくら夕方とはいえ、走り回れば暑くもなるだろう。

 しかも私は昨日の作戦開始から一睡もしていないのだ。


 今すぐその場に……いや、クーラーの効いた事務室の中に座りたい気持ちだったが、そう言ってられない。

 

 輸送機には主に人型用の整備機材などが運ばれていく、進展地に着いても出来るだけ早く傭兵家業を再会させるつもりだ。

 

 あぁ駄目だ、頭が回らない。暑すぎる。

 傍らを黄色い蝶が夕日に照らされて、キラキラと横切った。

 『相変わらずだらしないな』と言われたような気がしたが、最早虫相手に抗う元気もない。


 「余計なものを持ち込むな!生活に必要なものは向こうに行けば手に入る!!」


 全身の力を振り絞り虚勢を張っては見るものの、事実足はフラフラだ。


 「旦那、中で休んだらどうです?随分参ってるようですが」


 熱さなどどこ吹く風といった様子で整備長は資材の詰め込みを行っていた。

 その細身の身体のどこにそんな力があるのか……。


 「わ、私がこんなところでへばっていてどうするというのだ」


 最早意地である。


 「そんなこと言っといて、足はしっかり事務所に向かってるじゃないですか」


 うるさい、別に私はお前の忠告に屈した訳ではない。

 この暑さ、つまり自然に屈したのだ。故に断じてお前に負けたわけではない。


 「み、水……」


この時の私は流石にどうかしていたと思う。




―――チームオアシス拠点内、事務室


 持ち運ぶ書類や機材などの最終確認をしている妻の傍らで私はぐったりとへたり込み、水を飲んでいた。

 いつもは何気なく使っていたこの部屋だが、人間極限状態から脱出するとそこは天国のように感じてしまうものである。


 やはりクーラーはいい、文明の作り出した至高の機械だ。もう人類は人型などという野蛮な機械を使わずともクーラーさえあれば容易く平和を手に入れられるのではないか?


 「あなた」


 「ん、どうした?」


 私は残っていた冷たい水の最後の一滴を飲み干して答えた。


 「少しだらしないです」


 ……おっしゃる通りだった。


 「だが、粗方外の詰め込みも終わった、後は中の荷物を積むだけだ」


 怠惰を正当化したがるのは人間の性である。


 「ではこちらを手伝ってください、まだまだ運ぶべき荷物はたくさんあるので」


 ようやく整理も終わりかけたところで、入口に高く積みあがったダンボールの城を指さして妻は言った。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ。私はあれから一睡もしていないんだ少し休ませても……」

 

 「奇遇ですね、私もです」

 

 今気が付いた、妻はイラついている。


 

 私が大きなダンボールを運び、妻が小さなダンボールを抱えた。

 腐っても男である、この腕の筋肉は働くためについたのだ。


 「残念です、ここは割と気に入っていたのですが」


 歩きながら妻は言った。


 「しかたない、命あってのなんとやらだ。」


 「あなた、“物種”です」


 妻はいちいち細かかった。


 「でも、可能性の話とはいえ危険が迫っているのであれば仕方ないことですね」


 それだけのものを見てしまったということだ。


 

 私は帰還すると同時に拠点の移動を皆に伝えた。

 作戦部長が言いたかったことはおそらくこう言ったことだ。


 『お前らは不味いものを見た、逃げろ』


 単純明快で実にわかりやすい内容だった。

 もちろんそれも杞憂だという可能性も捨てきれない。

 しかし、あの機体は普通ではなかった。

 まず、出現方法が謎であり、更にその形体、性能も全く新しかった。

 とどめは作戦部長のあの通信である。

 おそらくあのプレッシャーをかけた物言いはそれを危惧していたのだろう。

 作戦部長はああ見えて聡明な人物だ、普通公私混同はしないし作戦中の私に直接話しかけたことなど一度もなかった。

 何はともあれ我々に危険が迫っているわけだ。

 そうなった以上ここにとどまるのは危険だ。

 私は以前から何かあった時のために脱出用に用意しておいた西のドウ国への逃亡をすると皆の前で言った。

 通信を聞いていた妻は賛成だった。目をつけられたということは自分にも危険が迫るかもしれないと整備長もついてくると言った。ほかのメンバーも概ね賛成だった。

 そうなると早かった、まず妻がすぐさま輸送機を用意した。

 どんな方法を使ったのかはわからないがまさか、3時間で用意した時には流石に驚いた。

 あとは荷物を積み込み逃げるだけである。

 国境越えは金さえあればどうとでもなる、今も昔にも金目当てのやつはゴマンといる。

 向こうの友人とも連絡が付いた、ドウ国がナサ国と中立関係にあって本当に良かったと思っている。

 傭兵という職業柄、いつ裏切られて裏切るのかわからない。もしもの準備が功を奏した結果となった。

 因みにこのような事態は傭兵をやっていると一度は遭遇する事態だったりする。そのため傭兵になるものはそれを考慮したうえでクライアントを選ぶ必要がある。

 私たちの場合今回が二度目だ。


 そういった理由で今晩中にはここを出発できる状態になった。

 立つ鳥跡を濁さずといった具合にはならないが。

 どうにか出来そうであった。


 「向こうに行ってもうまくやっていければいいのですが」


 私は沈み気味な妻を元気づけようと胸を張った。


 「なに、心配することはない、住めば何とかと言うじゃないか」


 「あなた、“都”です」


 ……妻はいちいち細かかった。





 ―――上空、輸送機内


 日もすっかり沈んだ頃、我々は予定通りに出発することができた。

 新天地での立ち直りも気になるが、やはり何より気がかりなのはあの所属不明機であった。

 我々をこうまでさせるほどの機体とはどのようなものなのか、そして何故あのような展開で出てこなければならなかったのか。

 ただ、もしあれが私の脇を通り過ぎずに対峙していた場合のことを考えると。急に怖くなった。

 果たして私はあの時あれと戦闘を行って勝てたのだろうか?

 もしかしたらこうやって隣で寝息を立てている妻の横顔を見えるということは、とてつもなく不確定な奇跡の上に立っているのではないか。

 しかし今までもそんなことがなかった訳ではない、半壊になった機体から命からがら脱出し生き延びたことなど何回も経験している。

 そうなった後には決まって今のように妻の顔を見て、自分自身の生を実感し感謝していた。

 もちろん今回も例外ではない、私はまた妻の顔を見て生を実感するのだ。


 そうだ、そうやって今まで生きてきた。

 私はこれからもこの“私の楽園”を守り続ける。仲間のために、何より愛する妻のために。

 輸送機の窓から見える星空はいつもより数段輝いて見えた。

 やはり空が近いせいもあるのだろう。

 心配することはない、土地が変わってもこの星空だけは変わらないのだ。

 きっと新しい場所でも変わらず“私たちの楽園”を築けるはずだ。


 輸送機のエンジン音の子守唄が私を眠りへと引き寄せた。

 どうせ向こうについたらまた忙しくなるのだ、せめてそれまでは……。







翌日、ナサ国南部“旧チームオアシス拠点”は何者かによる攻撃によって破壊された。





『楽園の逃亡』



End of Episode1 楽園の日常

To be continue……


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