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楽園の日常  作者: 林目凌治
Episode1 楽園の日常
5/6

楽園の遭遇

――K-2地点、森林地帯 敵機との距離R4500


私を落とした輸送機は急旋回を始め一目散に元来た航路へトンボ帰りした。

何しろ敵機は人型、しかも長距離ビーム兵器を搭載していると聞けばあながち間違った反応ではないだろう。

彼らの仕事は所詮私という荷物の運搬である。まったく職務に忠実な宅配便だ。世の民間宅配業者も見習うべきである。


一瞬の気落ちを振り払い機体をその場に止め、この遥か眼前に構えているであろう敵機を見据える。

敵機との距離は十分すぎるほどに開いている。これだけ離れていれば敵のレーダーにはこちらの影すら映らないだろう。


もちろん油断はできないが。


「しかし暗いな」


“暗視スコープ”を装備させといてよかった。かつて暗闇でのFPSと熱源反応頼りの銃撃戦という愚行を行って以来、夜戦はもちろん少しでもそのような状況になる可能性のある任務には必ず追加型暗視スコープを付けることにしている。


 もう二度と妻の涙を見たくないのだ。


 「“暗視スコープ”起動、それと敵機の予想地点と周辺地図を合わせてくれ」


 《追加型暗視スコープ起動、メインモニターへ反映します》


 メインモニターに映る風景が暗闇から暗視状態特有の緑色へと変化した。

 見にくいことこの上無いが、要は慣れだ。


 《敵機予想地点および周辺地図を表示します》


 「馬鹿げてる」


 サブモニターの照合地図を見て思わずそうつぶやいた。

 敵機はR4500先の“小高い丘の上”に陣取っていたのだ。


 そう、たかだか“小高い丘の上”程度に陣取っているのだ。


 森林地帯の長距離ビーム兵器の攻撃においてその程度の標高で敵を落とそうとはこのパイロットは素人か?まさか樹木に当てて喜ぼうというわけでもないだろう。

しかも夜戦という極度の視界不良の中でだ。これは馬鹿を通り越して“愚行”だ“愚行”!

むしろこの状態で“モルモット”四機を落とせたのが奇跡だ。余程良いFPSを積んでいるのか、将又それほどまでの手練れなのか……。


 だが作戦は絞られた、敵機の主兵装はおそらく先程から使われている長距離ビーム兵器であろう。誘導兵器の線も捨てきれないが、そっちを使う場合わざわざ標高の高い地点に陣取る意味がない。目視が不可能で熱源に頼らざる負えない夜間の長距離攻撃に、熱量の高い誘導兵器使うのは得策ではない。長距離ビーム兵器を併用するであれば尚更だ。


 両肩の熱源ジャマーさえあればある程度の長距離攻撃は攪乱できる、近づければ十分に戦える。


 「頃合いだな」


 敵も土地らに気付いているはずだ。私は眼前の敵を打つべくメインブースターを点火しようとした……その時だった。


 【オアシス1からオアシス2へ緊急連絡!】


 不意に妻の焦り声が機内に響いた。


 【機体左後方より熱源反応を確認!数は一、迂回してそちらへ向かっています!!】


 単体ということは、また“人型”かッ!


 「敵か!?」


 【友軍識別信号なし!距離R4000】


 R4000!?たった今相手にしようとした敵機よりも近いではないか!


 「どうして今まで気が付かなかった、人型なら気づけない速度ではないだろう!」


 強襲作戦による官制機使用のため、敵機の補足には十分こちらにアドバンテージがあるはずだった。

妻の不手際を信じたくはなかったが、状況が状況のためついそんな言葉が出てきてしまった。


私の怒号に妻は焦燥を冷静で抑え込んだ声で答えた。


【“人型”にしては速過ぎるのです、戦闘機の可能性も……】


 単機で人型に挑む戦闘機がどこの世界にいるというのだ!


《所属不明の熱源反応が接近しています、距離R3000、識別不能、“アンノウン”です》


「“アンノウン”だと?」


馬鹿げてる!新型とでもいうのか。

レーダーに映し出された謎の機影は人型とは思えぬ高速で向かってきた。


機体を高速反転させ、襲撃に備えた。

向かいくる敵は立ち向かわねばこちらの命がない。


「ライラ、所属不明機体を敵軍に設定。迎え撃つぞ」


《イエス、マスター。所属不明機を敵軍に指定。以後エネミー2と呼称します


落ち着け……奇襲をかけたつもりが返されたのは何も今回が初めてではないだろう。

私はここで落ちるわけにはいかないのだ。

 

 全身の鳥肌を経験で抑え込み、冷静さを取り返した。


《敵機距離R1500》


……まて、おかしい。


レーダーに映る所属不明機はこちらの方向に向かっているものの、正確にはこちらへ向かうルートから少しずれていた。


《R1000》


やはりそうだ、所属不明機は私へ向かっているのではない。


この方向は……先程の敵機ではないか!


「ライラ、エネミー2をロック、後退するぞ」


《イエス、マスター。エネミー2ロック》


私は機体を45度旋回させ、バックブースターを最大まで吹かし、所属不明機に道を譲るように全速力で後退した。


戦闘機とも思えないほどのアフターバーナーを輝かせながら所属不明機が眼前を横切らんと近づいてきた。


しかし、モニターに見えたその機影は明らかに“人型”のそれだった。


それはまるでこちらが元よりいなかったとでも言うように、綺麗に素通りしていった。

目の前を横切るその瞬間、私は見た。

背中から光の翼を広げた、見たこともない“二足人型機動兵器”の姿を。



【オアシス2状況を】


「通り過ぎていった」


状況がうまく理解できなかった。


【それはどういう……】


「所属不明機が私の横を通り過ぎていった、それ以上どう説明していいのか分からん」


全く意味がわからない、敵なのか、味方なのか。そもそもあの機体はなんだ、アノスピードあのフォルム、あのような人型は見たことがない。


【ひとまず様子を……待ってください】


「どうした?」


通信越しに聞こえる妻の声がさらなる同様を危惧していた。


【作戦部からの緊急連絡です、現時刻をもって作戦を中断、即時撤退せよとのことです】


あれには自国が絡んでいるということか?


【これ以上の作戦地域への残留は不要、輸送機はあちらが用意するようですが……】


長居は無用か……。


「オアシス2了解、回収地点を教えてくれ」


【ナサ国領域内のB‐81地点です、今地図を転送します】


流石に遠いな。


「了解した、オアシス2これより回収地点へ向かう」


【オアシス1もこれより帰還します……あなた、嫌な予感がします、気をつけて】


妻の不安な一言を残し通信は終了した。

 今は一刻も早くここから離脱しなければ、と思った矢先。所属不明きが向かった先で爆発音が響いた。

 戦闘が始まったのか?

 

「ライラ、メインシステム“航行モード”へ切り替え、撤退するぞ」


 《イエスマスター、メインシステム“航行モード”へ切り替えます》


 航行モードは戦闘時の戦闘モードに比べメイン出力のほとんどをブースターへと繋げたものだ。これにより人型はより安定したブースト航行が可能となる。


 《ジェネレータ出力航行モードへ切り替え、完了しました》


私はブーストペダルを踏み込み、後方の戦闘を気にしつつ撤退を試みた。



 帰路の途中で私は考えた。

 おそらくあの所属不明機は味方の機体だ。それは私を攻撃しなかったことと同時に作戦部からの撤退命令から察するに明らかだろう。

 だがそれと同時に、あれは作戦部にとってあまり見られても良いものではないというだろう。

 現状において撤退命令を下す要因として考えられるのは、私がこの先の拠点を落とすに十分な戦力を持っていないと急遽判断された場合である。

 この可能性は撤退要因としては大きく考えられるが、増援を出した場合それと共闘するのが常套手段だろう。

 人型乗りの雇用費用は決して安いものではない、一度の依頼の前金、報酬金で成人男性一人の年収分ぐらいは稼げる。それほどまでに人型は現代戦争において重要なものなのだ。

 それを易々と出撃させ、帰還させるのは金にうるさい国が行うことはないだろう。

 あくまで私は傭兵だ、敵の拠点に突っ込ませて自爆させることも戦略としてはひとつの手だろう。

 まぁ、それによってほかの傭兵からの不審を煽る可能性も考えてあまり賢明とは思えないが。


 次に考えられる可能性は作戦部にとって作戦中断をさせなければならない予期せぬ事態が起こった場合だ。

 今回の場合は先の所属不明機の実践投入であろうか、そもそもあんな機体は作戦内容に含まれていなかったし、何らかのトラブルがあって間違って実践投入されてしまったとも考えられる。それともあの機体の戦闘中に私がいたら不味いのだろうか……。


 「まったく馬鹿げてるな……」


 何はともあれ私はお払い箱というわけだ、ここは大人しく帰って作戦部からの言い訳を待とう。


 鉄器からは十二分に離れた地点まで離脱した私はようやく戦地独特の堅苦しさから少し抜け出せたような気がした。


 その時だった……。


 【オアシス1からオアシス2へ聞こえますか?】


 通信を切ったはずの妻が再び声をかけた。


 「こちらオアシス2、どうした何かあったか?」


 【ただいま作戦部の方から連絡がありまして、その……】


 妻はどうにも歯切れが悪かった。


 【現状の説明をしたいので直接オアシス2と話したいとのことで】


 「なに?」


 わざわざオペレーターを介さずに直接話さなければならないというのか?


 「わかった、繋げてくれ」


 言い訳を始めるには少し早すぎると思うのだが。


 【こちら作戦部だ、オアシス2聞こえるか?】


 通信越しに太い中年声が聞こえてきた、ナサ国軍傭兵課の作戦部長の声だ。

 この国で傭兵を始めてから長い私は、彼とは面識はないものの、数年の付き合いがあった。


 「こちらオアシス2、作戦部長殿が直々にお話とはどういった用件でしょうか?」


 作戦中断の苛立ちもあったため、少々皮肉めいてみた。


 【今回の件は申し訳ないと思っている。何分こちらも把握できていない多くてな、正式な言い訳はまた後で取り繕って送ろうと思う】


 鼻から謝罪する気などないではないか。


 「では用件とは?」


 【いや、それがだな……先ほど所属不明機が君と接触したと思うのだが……】


 不意に背中に悪寒が走った。


 【確認できたか?】


 作戦部長の声には少々のためらいが見えた。


 「……レーダー上では、何分夜間の森林地帯なものではっきりとは見ていませんね」


 【それは本当か?】


 言葉とは裏腹にそうあって欲しくないと言っているように聞こえた。


 「嘘をつく意味がありません」


 相変わらず私の背筋の違和感は続いている。


 【……そうか、わかった信じよう】


 いやに静かだった。


 【それともう一つ、気をつけて帰還したまえ。領土内とはいえ国境だ、どこに敵が潜んでいてもおかしくないだろう】


 「それは軍の作戦部長の台詞としてはどうでしょうか?」

 

 【おっと、失言だったな。聞かなかったことにしといてくれ。君のにはきれいな奥さんがいるんだから早く帰って安心させてあげるといい。どうせ帰った後は熱い夜が待っているのだろう?】


 作戦部長は聞きなれた中年の笑い声を上げながら言った。


 「通信は以上でしょうか?」


 ここまできてよく言えたものだな……。


 【冗談だよ。熱いといえば本当にこのところは暑い夜が続くな、君のところは南部だから尚の事暑いだろう。涼しい故郷の北部が恋しくなる頃ではないか?】

 

 「おかげさまで、燻製になりそうですよ」


 作戦部長はいつもの調子で続けた。


 【このところ出撃続きだ、一つ旅行でも行ってきたらどうだ?】


 「それを許してくれないのはどなたですか?」


 【まったく君の働きには感謝しているよ、いっそ国軍に入ったらどうだ、うちは休暇とりやすくていいぞ……それこそ家族旅行に行くぐらいの休暇なら簡単に取れる】


 「……そうですね、考えておきましょう」


 【そうか!ならばそうするといい。私も去年の家族旅行では娘たちと一緒に……】


 「作戦部長、その話はひとまず帰還した後でよろしいでしょうか?」


 作戦部長は一つ笑い声をあげた。


 【すまんすまん、あまりに話しに夢中になりすぎて君が帰還中だということを忘れていたよ】


 「言い訳の件お願いしますよ、下手なものを寄越されると妻がうるさいので」


 【ぬ、痛いところを突かれたな、ではこれ以上追求される前に逃げさせてもらおう。以上通信終了、気をつけて帰りたまえ】


 「オアシス2了解」


 まったく作戦部長も相当のお人よしのようだ。

 通信は妻との暗号回線に切り替わった。


 【あなた……】


 「あぁ、これが君の言う嫌な予感というやつか」



 東の空から上り始めた太陽が森に朝を運んできた、丁度そんな時だった。






『楽園の遭遇』


To be continue……

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