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楽園の日常  作者: 林目凌治
Episode1 楽園の日常
3/6

楽園の食卓

―――チームオアシス拠点内、食堂



「できたぞ」


 事務所のどの部屋よりも綺麗に掃除の行き届いた…いや、妻の事務室の次に掃除の行き届いた小さな食堂に、レトルトカレーのチープな香りが漂った。


 私は暖めたばかりのレトルトカレーを折りたたみ式の細長いテーブルの上に置いた。

 作戦開始間近の食事は大体このようなものだ。

 もちろんいつもこんなレトルト食品を食べているというわけではない。作戦のない日は基本的に私が朝、昼、晩の三食をチームオアシス全員分作っている。

 整備員たちの作る料理は食べられたものではなく(一度試しに作らせてみたら、赤い目玉焼きが出てきた)、唯一の女性である妻はチーム内でもっとも多忙であるため、食事を作る暇がない。まぁそれだけが理由ではないのだがそこは妻の名誉のために割愛しておく。


 「水でいいですよね?」


 奥の大型冷蔵庫から水の入ったボトルとガラスコップ二つを持って、妻が席に着いた。


 「カレーライスですか……」


 目の前でおいしそうな煙をユラユラさせているカレーライスを見て、妻の眉間に三本の線が入った。


 「カレーは嫌だったか?」


 そんな馬鹿な、これまで何度も共にカレーライスは食べているはずだ。しかも、それが嫌いだなんて今まで聞いていない。まさか急に嫌いになったわけでもあるまい。

何故だ、私の選択ミスだろうか?いったい私に何の非があるというのだ。


 「別に私がカレーライスを嫌いになったわけじゃないですし、あなたに非があるわけでもないですよ」


 たまに心を読まれてしまうのは何故だろうか?

 

「ただ……」


 「ただ?」


 この時早く食べなければせっかくのカレーライスが冷めてしまうと心の中で思っていたことは伏せておこう。


 「あなた、今まで何度か言ってはいましたが。作戦前の食事に重いものを選ぶことは得策ではないと思います」


あぁ……またこれか。


 「このような食事の場合には、もう少し軽い物を選ぶべきです」


 目の前に座る妻の眼鏡が光った。


 「満腹は判断力を鈍らせます、これから食べるカレーライスが原因で判断ミスでも起きたらどうするつもりですか?」


 妻はおかしなところで心配性だった。


 「戦場においてその一瞬の隙が命取りになるということは私よりも十分知っているはずでしょう」


 あぁ、カレーライスが冷める……。


 「あなたが居なくなってしまったら、チームオアシスは終わりなんです。いい加減自覚というものを持っていただかないと」


 そんなことを言う妻を尻目に私はもうすっかり湯気も立たないカレーライスを食べ始めた。

 妻はまだスプーンすら持っていなかった。


 「後三十分もすれば輸送機が到着する、急がなければ」


 妻は数秒こちらをジトリと睨んだ後、ようやく食事に手を出した。



 こうして出撃前に妻と共に食事し始めて随分と経ったものだ。当初は私も妻も組んでから日が浅かったため、出撃前の最終確認をとるためのものだった。ここでの確認中に作戦に重大な欠陥が見つかり、大慌てで作戦部に連絡を取ったのは何年前のことだろうか。


 ん、そういえば……


 「なあ」


 「んっ、どうしました?」


 口に含んでいたカレーライスを喉に押し込んだ妻が答えた。


 「こうして私とチームオアシスで組み始めてもう十五年になるだろう?」


 「えぇ、確かに今年で十五年ですね、正確には一ヶ月ほど前ですが」

 

もう過ぎていたのか……。


 一瞬沈みかけた気持ちを持ち直して私は続ける。


 「丁度節目の年だ、祝いでもしょうと思ってな」


 「……」


 反応がない?


 不思議に思って妻の顔を見ると、数時間前に事務所で見たように目を丸くし、手元のスプーンをずり落としそうになっていた。


 「どうした?」


 妻はまるで数秒意識を失っていたかのようであった。


 「い、いえ、まさかあなたからそんな言葉を聴くとは思わなかったもので」


 それは失礼ではないだろうか。


 「それで……あ、結成十五周年の祝いですね、はい。とてもいい考えだと思います」


 心なしか慌て気味で答える妻の姿に、ふと懐かしさを覚えた。


 「この作戦が終了したら整備長たちも呼んで、なにか催し物でも開きましょう」


 整備長か。

 私は少し前にあった彼の顔を思い出し、複雑な気分になった。


 「……」


 気がつくと妻が黙って私のほうを見ていた。


 「どうした?」


 妻はふぅ…とため息をついて眼鏡の位置を直した。


 「今日は私の仕事を代わりにやっていただいてありがとうございました」


 妻は急に改まってそんなことを言い出した。


 「ど、どうした急に」


 「整備長への報告の件ですよ、それについてお礼を言っているのです」


 その程度のことなどで礼を言われることはないのだが。


 「別に礼などいらない、ただの気まぐれだよ」


 私は得意げにそう言って見せると、妻はもう1つため息をした。


 「今更そんなこと心配するなんて……」


 妻はぼそりと何か言った。


 「どうした?」


 「いえ、何でもありません」


 妻はコップにあった残りの水をグイと飲み干した。






『楽園の食卓』


To be continue……

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