32.死亡フラグの回避方法を教えてくれ
家から最も近いコンビニといえば、いつぞやの妹とロープで繋がれた時にハサミを買いに来た場所として有名な場所だ。いや有名かどうかなんて知らねえよ、誰に有名なんだよ。
あの頃は大変だった、道のりは500メートルくらいしかないはずなのに20分もかかったからな。やはりロープに縛られながら2人羽織するのは無理があったんだなって思える。
いや、その方がマシだった気がする。
今の状況? ええ、3人に囲まれてます。そしてなぜか凛世は俺の上に乗ってます。
ううん、上に乗っているというより、背中にしがみつかれていると言った方が正しいのか。
みなさんも知っての通り、俺の両腕はまひると晴美に独占、いや占領、いや保有されているのだ。
つまり、おんぶしようにも腕が使えない。ということで、このような形になったらしい。なんでおんぶすることになったとか、そこらへんの宇宙の真理は議論不可能なので蓋をします。だって勝手に凛世が後ろから圧し掛かってきたんだから、知ったこっちゃないじゃん。
最近は女の子の触れ合いはうれしいというより恐怖を感じていたわけだが、今はね、とてつもなく言い辛いんだけど、女の子に向かって言うのはとっても躊躇われるんだけども……その。
重い。
凛世におぶられた時にも思ったんだが、筋肉の硬い感触を感じる。確か前にモデル体型と言ったはずだが、訂正する。皮と少しの皮下脂肪を剥げば筋肉が出てきそうな、ボディビルダーのような体をしている。まあ外からは見えないし、やわらかいところもあるけども。そりゃ壁も壊すわ……いやだから人間業じゃないとあれほど。
確かお姫様だっこをしたことがあったはずなのだが、その時はアドレナリンとか不思議な魔法とか神からのご加護とかそういうので大丈夫だったんだろう。しかしもう俺は神を見限った人間、そんな力もあるわけねえ。
というわけで、重さに耐えながら歩いているのですが……。
実際のところは歩いてないんですね。はーい。
何をバカなことを言ってるんだコイツ、気でも狂ったのか、病院で頭の検査でもしてきたらどうだ、縦型でも横型でもいいからMRIで画像でも撮ってきて見せてみろよ、きたねえ花火でも写ってんだろ、全額負担してやるから頭の中を俺に見せつけてきたねえ花火でも打ち上げろよ、って頭の話なげーなおい。
ともかく頭がおかしいと思われるかもしれないですけど、歩いてないけど歩いている。これは揺るがない事実で、外部から何も影響されることのないモノであることは確かだ。
じゃあどうやって歩くか。
ヒント、空中。
はい、実は浮いているんですよ、自分。
信じられないでしょ、ええ俺も信じられません。だって急に地面の感覚が無くなったんだからね。まあ浮いている理由はご察しの通り、まひると晴美のせいなわけなのだけど。
さっき俺の腕を保有されてるだとか言ったけど、そういうこと。詳しく言うと、高い高いされた赤ちゃんみたいな感じ。サボテンの下に向いている手のようなものが2本生えている感じ。太っている人を現す時に使うジェスチャーみたいな感じ。ゴリラがウッホウッホという前の状態。なんでこんなに例を使っているのかというと、この状況をよくよく考えてほしいからだ。
この体勢で、この重量。さてどうなる?
A.俺は死ぬ。
フラグとか言ってる場合じゃねえですね、前触れもなく死ぬとかやってられないですわ。いや前触れはあるというか、死ぬというのをじっくりと味わわされているというか。それって拷問じゃないですか、ヤダー。
いや、冗談抜きで、この体力でこれは無理。この状態になって1分が経とうとしているが、もうギブです。頭が混乱しすぎて時間の感覚すら良く分からなくなってきたぜい。1分って長いっけ? 短いっけ? 人それぞれか、そうやね。ほうやと思うばい。
なんでこんなことになったのかも良く分かってない。凛世が俺に乗っかってきた時に振り払おうとしていたらこうなったでござるの巻。考えたらダメ、とはこのことらしい。じゃあ今までのすべて無駄じゃん。じゃんじゃんじゃじゃんじゃん。
因みになんで死ぬと言っているのかですがね、俺はただ重さに耐えつつ空中に浮いてるだけじゃないってことなんですね。
肩って下から上まで動くじゃないですか、それで腕に上への力が加わっているじゃないですか、はい。ここで、てこの原理というものが発動します。てこの原理とは、ってそれくらい分かるか。
早い話が、腕がバンザイ状態になるんです。そうなると、まひるや晴美の持つべき場所が上に行くということになる、つまり持っていられなくなるということだ。
その状態で、凛世を抱えたままの俺はどういうことになる? 着地? そんなの出来っこない、必ずよろけて倒れるはずだ。俺の体力と力をなめるな。
俺が倒れる方向の選択肢はフロントオアバックだ。オアを抜かすと別モノになるから注意な。それで前に倒れると、おでこを地面に強く打ちつけることになる。そして人間の良く分からないメカニズムによってきっと気絶してしまう。大脳が小脳がうんたらってやつ。もう何回も気絶してるから、簡単に意識は空へと飛んでいくはず。
後ろに倒れると、凛世が危ない。凛世はまともに後頭部をコンクリートの地面へと打ちつけることになる。しかも若干高いところに居るので遠心力が半端ない。この際、遠心力ってのは存在しないとか、そういう理屈的なものはどうでもいい、とにかくヤバい。そして俺はまひると晴美に責められ、タコ殴りにされ、海の藻屑と化す。あれ、俺がタコ殴りした神さんじゃないですかー、海で会えるなんてびっくりです、みたいなことになる。どんなだよ、タコ殴りしたからってタコになるわけじゃねえよ、タコ。
つまり腕がバンザイ状態になるとジエンド、というわけです。じゃあなぜ腕がバンザイにならないのか。
そんなの俺が上から力をかけてるに決まってるじゃないですか。そりゃあもうボディビルダーみたいに……ダメだ、ボディビルの技名なんてダブルバイセップスしか知らん。まあとにかく力を加えて耐えてるんですよね。
さて、ここまで原稿用紙6枚分くらいを費やしてこの状況をお伝えしたわけだが……。
なんだろう、すごい視線を感じる……。
いや、こんなことをしているヤツが居たら誰だって見るよ、まあ俺は視界に入った時点で関わっちゃいけないと思って逃げるけどね。
体を動かすことができない俺としては、何が起こったところで逃げられないし、助けを求めても脱出は不可能なので、コンビニに着くまで何事も起こらないでほしいところだ。
この姿を警察なんかに見つかりでもしたら、変質者として少なくとも職務質問されるのは確かだろう。警察からも避けられるようなら、それはそれで精神的ダメージを受けることになるわけだが……どちらにしろ、警察官には見つかってはダメだ。
そういや見つかってはダメとか言ってる時に限って、見つかってしまうのってよくあるよね。これも一種のフラグっていうことなのかもしれない。
ということは……。
「ちょっと君たち、止まりなさい」
「別に大した話はしないよ、身分を確認するだけね」
警察官がログインしました。しかも2人。
なんでこうなるんだよ、裸のおっさんが走ってきた時には全く姿を現さなかったくせに、なんで今なんだよ!? しかも職務質問されたら、学生証持ってないし、絶対に署まで来てくださいパターンだよコレ。
あきまへん、あきまへんで。
「晴美? まひる? いけるか?」
下の2人に合図を出すと、思いが伝わったのか無言でコクンと頷いたので。
「いっけえええええええええええええ!!」
全速力で逃げ出した。だって戦えないですし、公務執行妨害で逮捕ですし。まあ誰と戦っても傷害罪で立件されるとどうしようもないのですが。
はい、ここで問題2。この状態でいきなり走り出すとどうなるか?
落ちます。
「うわあああああああああああああああ!!」
走り出して1秒にして、情けない声を上げて中を待っている自分が居ました。悲しいです。
これってもう気絶するしかないんじゃないですかね、心なしか地面も顎をロックオンしてる気がする。
止めて下さい、死んでしまうんです助けて下さい。タコ殴りにした神様も機嫌を直して助けて下さい。裸のオジサンでも何でもいいので助けて下さい!!
と、その時。
目の前が肌色になり、衝撃が吸収されたのです。
……裸のオジサンが本当にきてしまった。確かに裸のオジサンに助けを求めたのは俺かもしれないが、あれは譲歩して裸のオジサンだったのであって、裸のオジサンに助けられたいというわけじゃないのを神様は分かってくれなかったらしい。というかこの人、どこかで見たことがあるような……。
「……マイダッド?」
俺の上に乗っている凛世が、その裸のオジサンに声をかける。
「そうだ、お父さん!! って、なんでこんなとこに?」
「お前を始末しに来たに決まってるじゃないか、ドゥーユーアンダスタンド?」
……そういえばツタに括り付けられていた過去があったような気がするね。
晴美とまひるはそのまま走って行ったので、ここには裸のオジサン、凛世、警察官2名、そして俺が残っている。もう一人くらい俺の味方が居たら3対3でなんとかなったかもしれないね。いや別に3対3になったところでどうにもならないけどさ。
「小童」
「なんですか? 後にしてください」
良く考えろ。こちらには凛世がいる。凛世が本気を出せば、俺を担ぎながらでも十分逃げられるはず。だから別にもう一人欲しいというわけではない。これ以上、人が増えるようなことがあると面倒くさいことになること必至だからな。
「おい小童」
「……………………」
でもコンビニに行くのだって、建前としては凛世へのお礼なんだよな。それなのにまた凛世に借りを作るのもどうかと思うけどさ。俺としてはまだ人生をここで終わりたくないわけよ。だから借金まみれでも借金をする人と同様に、俺は借りを作る。
「あまりふざけるんでないぞ、小童っ!!」
……あ、そろそろ触れた方がいいかね。帝剛さんのこと。晴美のお父さんでありながら、俺の出会いたくない人物ナンバーワンの帝剛さん。味方は呼んだんだけど、敵を呼んだ覚えはないんだよね。
「スイマセン、今ちょっと忙しいんですよ」
「スイマセンで済むと思ったか小童よ!! 娘を誑かしおって!!」
そんな話もありましたね。まだ誤解してらっしゃるのか、この人は。ハハハ。
「しかも娘以外にも女がいたとはな。娘とは遊びだったのか?」
「女?」
「小童の上に乗っている女よ。それに『お父さん』と言ったのもハッキリと聞いたぞ。婚約者がいるにもかかわらず、儂の娘にも手を出しおって」
……この人はなんと想像力豊かな人なんでしょう、ほぼすべてを憶測で喋ってらっしゃる。でも言い逃れが出来ないほど証拠がそろっている。いやー、まいった。
「えぇい小僧、叩き切ってくれるわ!! 首を差し出せぃ!!」
そういうと帝剛さんは、おそらく家から持ってきた刀を俺の目の前でわざわざ抜いて、首に剣先を近付けた。
万事休すか……。
「猥褻物陳列罪と銃刀法違反で現行犯逮捕します」
「いや、私はスイートマイドーターの親で」
「儂は此奴を成敗するために」
「それも全て署の方でジックリ伺いますので、はーい」
(ウゥゥゥゥーーーウゥゥゥゥーーー)
……なんだかよく分からないけど、助かったようだ。今回は警察のおかげで何とか難を逃れることが出来たな……ふう。
安心して力が抜けてしまった……もう疲れたよ、ジョー……どうやら俺はここまでみたいだ……せめて最後にアイスくらいは食べたかったなあ……。
そうして、俺に最後の暗転が訪れた。
……ココは?
そうか、死んだのか。
ずいぶんあっけないものだな、こんなにも簡単に死んでしまうだなんて。
でも、死亡フラグを回収する日が今日だったと思えば、諦めがつく。
心残りと言えば、まともな飯に最後までありつけなかったことかな。あのぼったくりカレーでも構わないから、何かしらのちゃんと料理された食べ物を口の中に入れたかった。
ただ、死んだ今となってはそれも叶わないが。
ああっ、目の前に3人の天使が見える……俺は天国に行けるのか……女神さま、ありがとうございます。私がタコ殴りにした神様と違って、良い人ですね。
左手にロープまでつけて、しかもゆりかごで送迎とは……天国に行く人はこんなVIP対応をされるのですか……ああっ、良い行いをしていてよかったです、女神さま……してたか?
「――――――――ま」
とりあえず、天国に着いたみたいなので、降りて見学でもするか。
「兄様、兄様!!」
「まさる、まさるぅっ……」
「…………」
あれ? おっかしいな……確かに俺は死んだはずなんだけどなあ……。
何でこいつらがココに居るんだ? もしかして俺は幽霊になって、こいつらを見ているのか? せっかく天国に行けたと思ったのに、食べ物が食べたいという未練を残したせいで成仏しなかったのか!?
幽霊になったら食べ物なんて食べられないから、一生このままということになる……止めろよ、そんな怖い話、考えたくない。今は俺が怖い話にされる側なんだがな。
「え、兄様、兄様っ!?」
「まさる、まさるぅ!?」
「…………!?」
ん、なんだ、何を驚いてるんだコイツラ。もしかして俺が見えるとか言ってるんじゃないだろうな。そんなのあるわけねえだろ、頭の中パッションフルーツかよ。意味分からねえよ。
大体さ、俺の左手には天国行きのロープが繋がってるのに、なんで成仏できてないんだ? もしかして閻魔さまを通さなかったら成仏する事はできないとか、そういうのがあるのか? なんだよ、お金なら出すから早くアトラクションにでも天国にでも連れて行ってくれよ。さっきのアイス代で足りるだろ……?
まあいいや、あいつらに見えてないんだったら、俺も好き勝手できるってもんだ。とりあえずこれまでの仕返しをしてやろう。
仕返し……仕返しな。何も思いつかないなあ。あっかんべーでもしとくか。考えても無駄な気がするし。仕返しにはならないけど、ちょっとスッキリするはず。ずっと気絶させられてきたわけだからな。何でもしていいだろうし。しりとりになってるけど気にするなし。
終いにはロープがロープじゃないように見えてきた。なんだろう、透明な管が俺の左手に刺さっているような、そして上から液がポタリポタリと落ちてきているような……。
あ、これ。点滴じゃん。
もしかして、もしかすると、俺って……生きてる?
「えっと……お元気ですか?」
「なにっ、心配させてるんですか、兄様っ!!」
「そう、そうよ!! そのまま死んじゃうかと思ったじゃない!!」
「……イエス、マム」
そうか、生きてるんだ……なるほど、ゆりかごだと思ってたのは病院のベッドだったんだな。どおりで、普通のゆりかごより白いような気がしたんだよ。もう悪ふざけが過ぎるぜ、女神さま。
「俺は……どうしてここに?」
「そんなの、兄様が倒れた後、凛世さんが病院まで運んだに決まってるじゃないですか!!」
「それから応急処置をして、栄養失調だからって入院することになったのよ!!」
「……イエス、マム」
凛世、仕事しろ。いや仕事してるのか、スマンな。しかし病院まで人力で運ぶって人のやる所業じゃねえな。本当だったら救急車を呼んで搬送されるのを見守るだけなのにな。
「凛世はありがとう、因みに2人はその頃何をしてたの?」
「コンビニで蘇生可能なアイスを開発してました。兄様のためを思って、ここ重要です」
「塩って案外、何にでも合うものね」
「晴美さん!?」
「そうか、俺のことよりもアイスのことが大事か」
「どちらかというと、私はア」「兄様のことが一番大事に決まってるじゃないですか、兄様はまひるの唯一の兄様で、兄様が居なくなるとまひるはとても悲しみます。そして兄様は兄様は兄様は」
……誰かが一瞬アイスって言おうとしたのが聞こえたんだけど、空耳かな? 気にしたら負けな気がするので、あまり触れないけど。どちらかというとまひるの方が大変だし。
「まひる、コチョコチョされたくなければ落ち着いて」
「コレが落ち着いていられますか!? まひるのせいで栄養失調を起こしたのなら、それはまひるのせいで兄様が死んでしまうかもしれなかったということですし、まひるが勝手なことをしなければ兄様はこんなことにならなかったですし、つまり兄様を殺してまひるも死にます!!」
あはははは……何を言ってるんだろ、この妹さんは。なんでそういう結末に至るのかを三段論法で説明してみてよ、頼むからさあ……。
「そんなことしなくても大丈夫だから。ね? ほら、晴美からも何か言ってよ」
「分かったわよ。まひるちゃん? 自分で責任を抱え込んじゃ駄目よ、私にだって責任の一端はあるんだから。一端って頭よさそうね、一端」
どうでもいいから、続けてくれ。
「だから、まひるちゃん。簡単に死ぬなんて言っちゃダメよ。人の命はとても重いモノ。死んでしまったら何もないのよ、それくらい分かってるでしょ?」
おおっ、なんか晴美がそれらしいことを言ってる。
「でも、イラついた時にはやり返せばいい。たとえば、今みたいに私たちが心配してるのに、急に起き出して私たちに向かって、あっかんべーとされた時には生死を問わなくていいわ」
……物騒なことになってるんですが、それは。というか何倍返しなの、それ。100倍返しは軽く超えてるんですけど。
「だから私も勝を駆逐するのを厭わないし、まひるちゃんもそれはしていいのよ?」
やばい、晴美が俺の首筋を狙ってる気がする、しかも結構やる気だ……!!
「凛世、頼む、こいつら二人を止めてくれ!! なんでもやるから!!」
「……なんでも?」
「ああ、なんでもだよ、そうじゃないとせっかく助かった命をどぶに捨てることに!!」
「……ブライドオアブラッド?」
花嫁か血って、もしかして結婚するか死ぬか選べってことか!? そんな究極の二択をそこで出してくるか!? くっそ、もうこれは結婚するしかないじゃねえかよ!!
「分かった分かった、結婚でも何でもしてやるから!!」
「凛世さんと結婚するぐらいなら、まひると結婚して下さい。そうじゃないと、やっぱり兄様を殺して、まひるも死にます!!」
いや、この話にまひるは関係ないだろ、ちょっと面倒くさい感じになるから黙ってって!!
「それなら私と結婚した方がいいに決まってるわ、それ以外は死あるのみよ」
なんでそうなる!? どうしても俺に死ねというのか!? 待て、早まるな!? おい女神、天国に送ってくれるんじゃなかったのか!? そうか、だから俺に死ねと、そういうわけだな!? くっそ誰も信じられなくなってきやがった!!
「あぁー!! 誰か、死亡フラグの回避方法を教えてくれ!!」
これにて『死亡フラグの回避方法を教えてくれ』は閉幕です。良く見ると、完結するのに2年半かかってるんですね、びっくりしました(笑)
これまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。