30.やはり神には逆らえない。
平気な顔してオレンジ&マスタード味の飴をなめる凛世をチラッと見つつ、今後について考えることにする。どんな時でも未来を見てなければ、時代に置いていかれるからな。何の話だ?
まずどうやって、まひると晴美の二人に見つからずにココを逃げ出せるのか。
晴美は今のところ居ないだろうけど、まひるはまだ家の中で俺が帰ってくるのを待っているはずだ。まひるがドコに居るのかだけでも分かれば出やすくなるのかもしれないが、それは凛世であっても出来ないだろう。
そうなると、まひるが寝るだろう頃にそーっと出るのが一番安全かな。
次に、どうやったら飯にありつけるのか。
食べるためには起きてなければいけない。だから、出た後も食べ物の前まで注意を怠らずに行動しなければ、鉢合わせにでもなったら気絶は確定。そのまま死亡フラグまで回収してしまう。
最後に、万が一ココで隠れているのをまひるに気付かれたらどうするか。
もう凛世がどうにかしてくれるのを期待するしかないんですが、それは。だって勝てる要素ないんだものねえ。三十六計逃げるにしかず。ただしボス戦なので戦闘になれば逃走不可能。何もできない人間とオオカミ少女がボスに挑むことになり、何もできない人間がスタンするだけで負け。見つかったら負け、トはこのことだ。
つまり、チャンスは一回。たった一回ですべてが決まる。
……因みに、トイレから出て飯を食べるだけの話です。ええ、おかしいですよね。俺もそう思ったところですよ。
しかし、どんなにおかしな話でも、俺にとっては生死を分ける重要な問題だ。
こういう切羽詰まった時、俺はいつも神様に選択肢を作ってもらっていた。それも、もう終わり。今回は自分の力で何とかする。他人が考えたモノで生死を決めたくないからな。
「兄様……聞こえますか?」
って、考えている時間はもうなさそうだ。
「兄様がこの家の中に居るのは分かっているんですよ。素直に出てきてください、何もしませんから」
本当に何もしないのなら喜んで出て行くんだがな、さっき自分の発した言葉をよくよく思い出してみろ。足かせをするとかどーのこーの言ってただろ。しかも足かせをするために気絶させる気だろ。その時点で俺にはデッドエンドしかねえんだよ。
「もう捜しますよ、知りませんからね」
つまり、まひるが寝ている間に逃げ出すというのは不可能になったわけだ。後は隙をついて食べ物を取って外に逃げ出すしかない。見つかったら終わりだからな、頼むぞ神様。
「あれ、このトイレ……鍵が閉まってますね……居るんですかー?」
もうバレてる!? いくらなんでも早くない!? せめて順序を踏んでからココに辿りつけよ!! そうか、自分で考えるって言ったのに直ぐに神様に頼ったのを神様が怒ったんだな!? ふざけんなよ、神。タコ殴りにすっぞ。
とにかくどうしよう、ヤバいヤバいヤバいヤバい。そうだ、凛世は!?
「……乗って」
こちらに背を向けて腰に手の甲を当てていた――――つまり、おんぶのポーズをとっていた。
え、凛世におんぶされろと、そういうことなのか!? しかし、それが一体どういう意味で――――
「鍵開けるの面倒くさいですね、もう扉ごと壊してしまいますか」
――――もう考えてる暇はねえ!! 今のままじゃどうしようもないからな、凛世とはいえ女の子におんぶされるのには抵抗はあるが、知ったこっちゃねえ!!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーン!!
「兄様……居ないみたいですね、誰かが外から鍵でもかけたんでしょうか、ややこしいです。次に行きましょうか」
「……行った?」
「そのようだな……」
さて、どのようにして俺たちがまひるに見つからなかったのかというとだな……単純なことだ。
凛世が上の壁で突っ張った。たったそれだけ。
俺はただ凛世の背中の上に乗って、事の顛末を見守っていた。普通は逆じゃないのか? いや、逆でも十分におかしいけども。こんなの忍者だって出来ねえよ。
そうだとしても、凛世にだって限界はある。ドアを壊された今、隠れられる場所はごくわずか。限られた時間でまひるの隙をついてココから逃げ出さないと。
「兄様ー、自分の部屋ですか? 自分の部屋の物置にある、棚の下から2番目、右から3番目の引き出しの服に隠されている、一度だけコンビニで好奇心に耐えられず買ってしまった保健体育の本を読み耽っているんですか?」
……よーし、二階にある俺の部屋にターゲットが向いたぞ。何か意味のわからない情報が耳の中に聞こえてきたが、気にしたら負けという精神を貫いている俺には効かないな。あれ、可笑しいな、涙が出てきた。
いや、生きるためには煩悩を捨てなければならない。決して上にある本が最後の砦だったとしても、俺は生きる道を取るべきだ。取るべきなんだ!!
「よし、凛世。ゆっくり下に降りてくれ」
「……イエス、マム」
そうして俺たちは、静かにおんぶスタイルで床に降り立った。
「じゃあ……」
と俺が台所を指さすと、凛世はコクリと頷いて、そろりそろりと前進していく。
「保健体育の本はまだ残ってますねえ、だったらどこに隠れたのでしょうか……もしかしてまひるの部屋とか!? いえいえ、そんなことありません。あり得ません。なんせ、まひるとはいえ妹の部屋に忍びこんで、まひるのあれやこれやをハアハアしてるだなんて考えると……いえいえいえ!!」
まひるのお兄ちゃんはそこまで変態じゃないから、安心して自分の部屋に入っても良いぞ、まひる。つーか生まれてから一度も妹の部屋でハアハアしたことないのに、まひるは何を妄想してるんだ意味が分からないよ、ハハハ。
さて、台所に着いた。あとは冷蔵庫を開けるだけだが……。
「…………」
「気にすんじゃねえ、まひるの言ってるのは全部デタラメだ。だから無言で太ももをつねるな」
「……◇%★∬&*」
「そういう問題じゃねっ……あっ」
ついツッコミに声を荒げてしまった。まひるに気付かれてないだろうか……。
「兄様? 近くで兄様の声がした気がします、どこですか? 兄様?」
あ、これダメなヤツだ。早くしないと降りてきてしまう……!!
「見つかる前に食べ物を持って外に逃げるぞ」
「……イエス、マム」
凛世がまず一番大きい扉を開けるも、そこには調味料以外何もなかった。
そうか、この前もソーセージしかなかったよな……しかも仮とはいえ、3人がこの家に住んでるんだし、食料が無くなっても別に不思議はないだろう。
次に、製氷室の隣の冷凍庫を引き出すと、バニラアイスが2個残っていた。
……アイスって食べてもあんまり意味がないんじゃないかと思うが、とりあえず取っておくことにしよう。
下の冷凍庫も開けたが何もなかったからいいとして、最後に野菜室だ。
やっぱり栄養と言えば野菜だろう、生だとかそういうのは気にしてられない。行くぞ、開けゴマ!!
キュウリが1本ありました。
この状況でキュウリ!? キュウリなんていらないって、確かだけど栄養価がほぼないんじゃなかったっけか!? しかも1本だけって……トマトとかを期待してたのに……。
「……注釈すると、全部食べたのはミー」
「じゃあなんでアイスとキュウリだけ残した!?」
「……アイスは食べるつもりだった、キュウリは青臭い」
全国のキュウリ農家の人に謝れ!! あと青臭さを取る方法とかあるから、食べず嫌いとかは止めなさい!! 栄養価なくてもキュウリだって頑張ってるんだから!! 冷やし中華とかにのってるじゃん!! それはトマトもか……気にすんな!!
「じゃあ退散だ、外に」
「……ラジャー」
そうして律儀にも玄関まで戻って、靴を履いてドアを静かに開けた。
と、その時。
「勝を探してたら疲れちゃった……キュウリでも食べて水分補給しなきゃ、って勝? 凛世も?」
目の前に晴美がエンカウントしました。
ちょっと待て、あり得ないあり得ないあり得ない。とりあえずキュウリでも食べて落ち着こう。わきゅわきゅ。あっ、やっぱり青臭せえ。ダメだこれ、下処理してから食べるべきだなキュウリは。
「凛世、とりあえず後ろだ」
「……でも」
「でもじゃない、俺は逃げないといけないんだ。何があっても良いからとりあえず逃げるんだよ」
そうして後ろをおんぶされている状態から振り向くと、やはりというかなんというか。
「兄様、兄様ァ、こんなところにいらっしゃったんですね。凛世さんにおぶられているみたいですけど、何をしているんですか? いえ、何をしたんですか、ナニをしたんですか!?」
若干興奮気味のまひるが立っていました。
え、もう無理じゃん。死亡フラグ成立しちゃったんじゃないですか、コレ。絶望しかないんですけど、どうすればいいんでしょうか、神。あっ、そういやタコ殴りにしちゃったんだっけ……。
「と、とにかく、アイスでも食べる?」




