28.楽に事を進めようとすると、必ず罰が当たる。
しっかし、喉が渇いた。
いや、水はあるにはあるんだが、飲んでも飲んでも口が潤わないどころか、もっと水を欲するようになっている。
もしかしたら真水ではダメなのかもしれない。清涼飲料水とか、そういう味のあるものの方がいいのだろうか。味のある物でも喉が渇くものもあるけど、俺の体質は基本的にそうらしい。
じゃあこの風呂場で何かしらの味を付けなければ、俺は喉を潤すことはできないということになる。
味を付けるにしても、飲み物ではないものを使ってはダメだ。そういう行為をするから注意書きに食べ物ではありませんと書いてあるのかもしれない。んなわけあるか。
とりあえず、俺が取りたい栄養分を挙げるなら、塩だろう。塩があれば生きていける……余計喉が渇きそうだが、大丈夫なのか? まあ人体にミネラルは必要だし、良いだろう。あとビタミンも。
そういやセッケンって塩だったよな、化学で習った気がする。塩も塩も漢字が同じなんだし、性質だって同じだろう。だったらセッケン水って塩水……?
どう見ても、そんな風には見えません。
ええ、実際に作ってみましたよ、そこに置いてあるセッケンを洗面器の水に溶かしてね!!
なんかもう、白いの。
こんなの飲むの? 工場から出た排水みたいなんだけども。今頃、これより汚い排水は日本ではあまりお目にかからないが。ディベロッピング・カントリーなら別。意味は発展途上国。最近、覚えました。
飲むしかないか……うん、そうだよね。塩だもん、塩だよね!?
では、南無三!!
「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、ぷはぁ!!」
飲んだよ、飲んでしまったよ、ジョー。もう既に後悔している、胃の中が気持ち悪いよ、ジョー。誰だよ、ジョー。
……っていうか、吐きそうだけど大丈夫か、ジョー!! 風呂場だし、大丈夫だ!! そうか、ジョーもそう思うか!! ならば仕方ない!! 行くぞ!!
「来る、ウプッ、ヴォオアァアアアァグッ、ヴァアオォオオオォガッ、ヴェエォエォエォオオオ!!」
――――――――ピンポンパンポン♪ 只今不適切な映像が流れておりましたことをお詫びいたします。なお、セッケン水を多量に飲むと吐き気、嘔吐、のどの痛み、口の中のただれ、腹痛や下痢を起こすことがあります。決して真似しないよう、お願いいたします。ちなみに直ぐに吐いたのはフィクションです。実在の個人、団体、セッケン会社とは全く関係ありません。ピンポンパンポン♪――――――――
大変な目にあった。誰だよ、塩と塩が同じだって言ったヤツ。ふざけんなよ、ジョー。
今まで吐くことはあんまりなかったけど、今回でこれがマーライオンって言われるのが良く分かった。口から垂れてくるんじゃなくて、ポンプのように口から水が勢いよく出てきたもんだから、下すら向けずに風呂場全体に広がってしまった。
シャワーがあったから何とかなったものの、これが別の場所だったら……考えたくもない。
さて、今ので腹の中に入っていたものはすべて吐き出された。空腹だし、なにより水が足りない。しかし風呂場にあるのは危険だ、ならどうすればいいんだ。
……いや、下半身に蛇口があるから、それを捻ればいいだろって? バカが、下ネタも大概にしろよ。
こんな話を聞いたことはないだろうか。
海の上でボートの中に取り残された1人の人間がいました。その人は海水に手を付けるのは危険だと前から知っていたので、自分から出る水を容器に入れ、それを飲むことによって渇きを潤していたと。
またある人は、炭鉱が崩れてしまい外に出れなくなったので、その場にある炭を食べ、自分から出る水を飲んで救助を待っていたと。
……決断の時だ。飲むか、飲まないか。イエス、オア、ノー。
飲むわけないだろ!! 何だよ、俺は遭難者と同じ扱いなのかよ、すぐそこに飯もあるってのにするわけないだろ!!
あいつらが居なければ、すぐにでもここから抜け出して食べ物や飲み物を漁ることが出来るのに……って。
良く考えたら、晴美もまひるも買い物に行ってて居ないじゃん。凛世は居るだろうけど、あいつなら何とかなる、俺はそう信じてる。
よし。一回出て、食料を持って、ついでにトイレも済ませて、ココに舞い戻る。作戦は以上だ。健闘を祈る。自分に祈ってどうすんのさ。そうか、コイツはジョーなのか。訳分かんねえよ、ジョー。
じゃあ先ずは外に出て、服を確保するのが先決かな。知ってる? 俺、裸なんだよ?
こちらマサル。外に出た。タオルで体を拭いている、どうぞ。さっきの服しかないのでそれに着替えることにするぞ、どうぞ。
服を着ると、洗面所の鍵を開けて、周りに不審な物が無いかを確認。左にトイレを発見、侵入する。どうぞ。
凛世を発見。こちらを見ている。
……どうした、応答しろマサル。何があった、返事しろ!! どんな状況だ、おい!!
お前、誰だよ。
状況はすでに把握しているんだ、理解しているのに体が動かないというか、空間が固定されているというか、空気が凍っているというか。
それ以前に凛世がトイレを使っているという衝撃。凛世って、野生児みたいだから、外ですると勝手に勘違いしていた。鍵は閉められなかったみたいだけども。
うん……そうだよね、凛世も人間だもんね。トイレくらい、使うよね。
かくいう凛世の方は反応薄めで、俺に目線を向けているにもかかわらず平然としている。
だったら早く扉を閉じて、この場から立ち去らねば。というか何で俺、マジマジと凛世を見てんだろ。
「あっ、じゃあ、早く出てね」
「……待って」
凛世は俺の手をとると、そのままトイレに俺を引き込んで、扉をそっと閉じた。
「えっ、ちょっと、何してんの!?」
「……静かに」
凛世の指示に従って、口を閉じて外の音に耳を澄ます。
「そろそろ何を買ったか教えてくれても良いんじゃない、まひるちゃん?」
「晴美さんこそ、その手に持ってるものを見せて下さっても構わないですよ?」
「ハハハハハ」
「ウフフフフ」
どうやら晴美とまひるが帰ってきたらしい。凛世は耳がいいから、家に入ってくる前から気付いてたのだろう。だったら、さっきの俺の声も聞こえてたはずだよね……末恐ろしい。
「凛世、俺は」
「……出たら、ダメ」
「じゃあどうすればいいんだよ」
「……ここで暮らせばいい」
はぁ、なるほど。凛世さんは俺にトイレで暮らせと。そう言いたいわけですね。
無理だって!! 風呂でも無理があったのに、さらに狭くて水も少ないトイレなんて!! しかも見つかったらダメなんだろ? 一応1階と2階の両方にトイレはあるけど、ずっと閉まってるトイレとか、怪し過ぎるだろ!?
「あれ、勝。お風呂に居ないじゃない。どこに行ったのかしら」
「兄様なら、まひるが来た時にはもう出てましたよ。今頃は外でランニングでもしてるんじゃないですか?」
「本当? 見つけたら、タダじゃおかないんだから!! 待ってなさい!!」
「……晴美さんは本当に馬鹿で助かります。それにしても、どこに行ったのですか、兄様。まさか隠れてるわけじゃないですよね? まひるを避けてるわけじゃないですよね? そして凛世さんと一緒にいるというわけではないですよね? もしそうなら……今度は足かせというのも乙なものですよね……」
どうやらトイレで俺が凛世と一緒に居ることがバレたら、俺の自由が奪われるらしい。うん。選択肢は最初から一つだったようだ。
「……Are you ready?」
「イャァ……」
そうして、俺はトイレでの凛世とのドキドキ同居生活が始まったのだった。