25.過去の思い出は、永遠の宝。
気絶させられている間、懐かしい夢を見た。
なんてことはない、両親と俺と妹で食卓を囲んだ夢。
弾む会話、笑いが絶えない食卓、優しい家族。
料理自体は一概においしいとは言えないものだったが、あの時は楽しかったという思い出がある。
今も妹が居るし両親も死んだわけじゃないから、淋しくはないんだが、親と歩いている子供を見ているとやっぱり羨ましいなあ、なんて感じてしまう。
両親が家に帰れないって最初に聞いた時は、これから妹と二人暮らしか、サンキュー両親! と思ってたんだがなあ……。
もう一度でいいから、また同じように4人で一緒にご飯を食べられたらなぁ、という願望を胸の内に秘めつつ、俺は暗闇から抜け出すのだった。
目を覚ますと、ガラガラを持った女性が俺の顔を覗き込んでいた。
というか、凛世だった。
「お前も赤ちゃんプレイするのかよ!?」
「……ベビーシッター?」
それは遊びじゃなくて職業です。
凛世が居るってことは森や草むらかなあと思って周りを見渡したが、さっきと同じまひるの部屋だった。
え、ちょっと訳が分からない。
「なんで凛世がココに居るの?」
「……Your mother」
「凛世が俺の母親だって言いたいのか?」
「……イエス、マム」
同年齢だってのに何言ってんだろ、こいつ。
だから俺の母親はまだ健在だって言ってんだろ、察せよ。言ってないから無理だろうけど。
「俺の母親、生きてる、オーライ?」
「……Your mother」
「いや凛世じゃなくてな!? 本物のな!?」
「……私が本物」
「遺産相続の時に私は娘ですって言いだすバカみたいなこと止めような!?」
「……分かった、私は愛人」
「似たようなもんだよ!!」
ベットの上で意味の分からない会話を続けていると、部屋の外からだろうか、良い匂いがしてきた。
それと同時にドアが開かれ、まひるが入ってくる。
「勝、ご飯が出来たってお父さんが言ってますよ」
「どうしたの、まひる!?」
ツッコむ点は多々あるが、基本的にまひるが気持ち悪いので聞いておく。
「まひるじゃなくてまひるお姉ちゃんですよ、勝」
「別にお兄ちゃんはお兄ちゃんと呼ばれようが、兄様と呼ばれようが、勝と呼ばれようが気にしないが、自分からお姉ちゃんと言ってる時点で若干引いている」
「引くってどういうことですか!? 引くってどういうことですか!?」
なんで2回言ったのかな?
「く、あやうく兄様にペースを握られるところでした……ちゃんとお姉さんスタイルを、兄様が大好きなAV『隣のお姉さん』シリーズみたいに、出さないと……」
「なんで俺のお気に入りAVを知ってるの!? 親なの!?」
「いいえ姉です」
「妹だろ!?」
とまあ、まひる相手にツッコみ倒したのだが。
なんとなくだが、言い張っているのがどういう理由か分かってきた。
凛世が母親、まひるが姉を名乗っているんだ。
その設定を作りだすってことは理由は一つしかない。
ほぼ確信した形で、俺達はリビングへと移動した。
すると、晴美が食べ物の乗った皿をテーブルに運んでいるところを目撃した。
匂いの正体はカレーらしく、スパイスの利いた香りが部屋中に広がっていた。
「晴美ダディ、勝を連れてきました」
何故ダディ。
「そう、まひるちゃん姉。じゃあ福神漬けをトッピングするのを手伝ってもらえる?」
何故まひるちゃん姉。
「そうです、私が変な姉さんです」
姉である時点で変だけどな。
「じゃあ勝弟、早く席に着きなさい」
「まあ良いんだけどさ、なんでダディ?」
「ダディの意味も分からないの? ダディはちt」
「父親だってのは分かってるから、晴美ほど馬鹿じゃないから」
「確か台所って包丁があった気がするわね」
「座るから勘弁して下さいお願いします!!」
危ない危ない、もう少しで刃物が出てくるところだった。
まあダディって言われていたことから、多分晴美は父親役なのだろう。
としたら、やっぱり俺の仮定は当たっていた。
おままごと。
子供の時に一度はやったことがあるだろう、家族のまねごとをするアレ。
おそらく晴美が父親、凛世が母親、まひるが姉で俺が弟という設定。
年齢が年齢ともあって、ままごとのレベルを超えてしまっているが、そうである可能性が高い。
福神漬けもトッピングし終わり、全員がテーブルに座ったところで、父親役の晴美が音頭を取る。
「手を合わせまして……」
「……「「「いただきます」」」」
4人で一斉に挨拶をして、皆それぞれに皿の上のカレーにありつく。
うん、結構美味いな。うちの親よりのカレーよりかは何千倍も。
でも親のカレーも捨てたもんじゃないぞ? 2日目のカレーなんかは良い感じにジャガイモがとろみを
生み出していて。
思い出したら、なんか泣きそうになってきた。
「うっ……うっ……」
「な、何泣いてるんですか兄s……勝?」
俺の異常に気付いたのか、まひるが俺の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと昔を思い出してな……って泣いてねえぞ?」
「……べろべろばあ」
泣いていると判断したのか、凛世が赤ちゃんをアヤす様に俺に接する。
「だから泣いてねえって」
「勝弟も所詮は子供ね。ほら、ダディの胸で泣きなさい」
「あ、それは要らん」
晴美にだけは何も言われたくない。
「しばき倒しても良いかしら? 父さんだから殴っても良いわよね。ちゃぶ台返しもありよね。良かったわね、『父さんにもぶたれたこと無かったのに』が解消されるわ」
そう言った晴美は、その場で立ち上がって拳を固めた。
「晴美にはいくらでも殴られているしそれどころか気絶させられてるし別に父親に殴られたいわけじゃないし、ね? ゴメンてゴメンて晴美だけ父親っていう性別が違う役をやってるからもしかしてその気があるのかなとかそんなこと全く思ってないから殴るのは止めてって今和やかに終わりそうだったじゃんなんで壊そうとするのかなホントにさあ」
「父親になったのはジャンケンのせいよバカ勝!!」
「ドゲシャッ!! ……なんのこれしギブシャッ!! ……まだ、俺は、やれボドゴァ!!」
「父親の名の元に、勝は飯抜きね。気絶させるから」
「そんな横暴なああああぁぁぁぁアドボフッ!!」
「横暴なのが父親の仕事よ」
晴美の家庭にしか通用しないであろうルールを押し付けられ、俺は複雑な心境の中、ついに幼なじみの拳に負けるのだった。