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第八話  空腹という名の拷問

腹が痛い。

それは「空いた」という言葉では足りなかった。

痛みだった。

内側から、何かに削られているような痛み。

胃が、自分自身を食い始めているような感覚。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

呼吸が浅い。

何もしていないのに、疲れている。

岩に背中を預けたまま、俺は動けなかった。

動く理由がない。

動いても、何も変わらない。

食べ物はない。

火もない。

力もない。

さっきまであった肉は、もうない。

あの小さな影。

あの光る目。

思い出すだけで、胸の奥が冷たくなる。

奪われたんだ俺の努力を俺の勇気を俺の生きるための一歩を簡単に。

 

「……はは……」

 

笑いが漏れた。

乾いた笑い。

俺は弱い弱すぎる。

人間としても。

生き物としても。

ただの、餌なんだ。

強い奴に食われるだけの存在。

視界がぼやける。

立ち上がろうとしても、体が言うことを聞かない。

 

「……水……」

 

喉も乾いていた。

さっき飲んだはずなのに。

もう乾いている。

川まで行かなきゃ。

わかっている。

でも怖い。

あの川の近くには、生き物がいる。

俺より強い生き物が。

また奪われるかもしれない。

いや今度は、俺自身が奪われるかもしれない。

 

「……」


動けない。

時間だけが無駄に過ぎる。

太陽が、少しずつ動く。

影が伸びる。

このまま、ここで死ぬのか。

何もできずに。

誰にも知られずに。

日本の頃を少し思い出した。

朝、うるさく起こしてきた母さんの声。

中国語と日本語が混ざった、少し変なイントネーション。

 

『真人!起きなさい!遅刻するよ!』

 

うるさいと思っていた。

でも今はもう一度聞きたいと思っている。

 

「……母さん……」

 

声は、森に吸い込まれた。

誰も答えない。

当たり前だ。

ここは、異世界だ。

俺は、完全に一人だ。

その時。

 

カサ……

 

「っ!?」

 

音がした。

すぐ近くで。

俺は反射的に体を固めた。

 

怖い。

 

また何かいる。

心臓が速くなるのを感じた。

視線を、ゆっくり動かす。

地面の落ち葉その上を小さな何かが動いていた。

それは黒くて細い虫だった。


……虫。

 

指くらいの長さの虫くねくねと動いている。

 

「……」

 

見ているだけで、気持ち悪い。

だが食べられそうだった。

いや無理だこんなの無理だ人間のやることじゃないと思った。

食べられるわけがない。

絶対に。

絶対に、無理だ。

でも腹が鳴ってしまった。

 

ぐうう……

 

さっきより、弱い音。

それは力がなくなっている証拠だった。

このままだと死んでしまう。

本当に。

視線が、虫に向く。

小さい。

でも肉だ。

食べ物だ。

 

「……」

 

手が、勝手に動いた。

止めようとしたでも、止まらなかった。

指が震えながら虫に近づく。

 

「……やめろ……」

 

自分に言う。

でも腹が、やめさせてくれない。

生きたいその本能が理性を、壊していく。

指先が、虫に触れる。

柔らかい。

 

「っ……!」

 

反射的に手を引っ込めた。

気持ち悪い無理だ。

無理だ無理だ無理だ無理だ。

でも腹が痛い。

死にたくない俺はどうすればいいんだ。

 

頭の中に、また文字が浮かぶ。

 

【ロキの試練】

――生きることから逃げるな

 

「……っ……」

 

ふざけるな。

こんなの。

こんなの。

地獄じゃないか。

でも俺はもく逃げないと決めたんだ

震える手を、もう一度伸ばした。

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