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第六話 食べなければ、死ぬ

灰色の獣は、まだ温かかった。

真人の目の前に横たわっている。

動いていないし呼吸もしない。

当たり前だ。

死んでいる。

自分が殺した。

真人は、その事実から目を逸らしたかった。

だが、逸らしても消えない。

そこにある。

匂いもある。

血の匂い。

鉄のような、生臭い匂い。

胃がまた軋む。

 

「……」

 

腹が鳴った。

ぐぅ、と情けない音。

真人は、凍りついた。

自分の体が、理解している。

これは、“食べ物”だと。

 

「……違う」

 

思わず呟く。

これは敵だ。

魔物だ。

食べ物じゃない。

そう思いたい。

だが、腹は鳴る。

もう一度。

 

ぐぅ……

 

体は正直だった。

昨日から、何も食べていない。

水も飲んでいない。

頭がぼんやりする。

力も入らない。

このままでは、本当に死ぬ。

視界に文字が浮かぶ。

 

【嘘をつくな】

 

「……」

 

真人は、何も言えなかった。

本当はわかっている。

食べなければ、生きられない。

それだけだ。

だが。

どうやって。

真人は、獣を見る。

毛皮に覆われていて血もでている。

こんな状態見たことことがなかった。

いつも見ていたのはスーパーで綺麗に切られ整っているパックに入った肉だった。

だが、これは違う。

目があり動物そのものの形が残っていた。

さっきまで動いていた。

 

(無理だ)

 

食べられるはずがない。

だが。

腹は鳴る。

頭が重い。

足元が少しふらつく。

真人は、ゆっくりと膝をついた。

手を伸ばす。

止まる。

触れない。

怖い。

だが、そのとき気づく。

 

(火……)

 

火がない。

焼けない。

焼かなければ、食べられない。

生では無理だ。

無理に決まっている。

 

(どうすればいい)

 

周りを見る。

石に草に土それに木や枝しかなかった。

それだけだ。

 

ライターもない。

マッチもない。

文明がない。

何もない。

 

「……詰んでる」

 

声が震える。

倒したのに。

手に入れたのに。

食べられない。

意味がない。

全部、無駄だ。

 

ロキの声が響く。

 

『どうした?』

 

真人は答えない。

答えたくない。

 

『食べろ』

 

「火がない」

 

かすれた声。

 

『なら、生で食べろ』

 

「無理だ……」

 

即答だった。

 

『なぜだ?』

 

なぜ?

そんなの、決まっている。

 

「人間は……そんなことしない」

 

沈黙。

そして。

 

ロキが笑う。

 

『ここは人間の世界ではない』

 

心臓が、重く沈む。

 

『ここはミズガルズだ』

 

真人は、獣を見る。

血が、ゆっくりと地面に染みている。

時間が経てば、腐る。

食べられなくなる。

 

本当に無駄になってしまう。

自分は飢える。

そして死ぬ。

それだけだ。

手が震える。

止まらない。

真人は、自分の手を見る。

汚れている。

もう、きれいじゃない。

日本にいた自分じゃない。

 

戻れない。

戻れない。

戻れない。

 

「……」

 

真人は、ゆっくりと獣に手を伸ばした。

触れる。

温かい。

その温かさが、逆に怖い。

まだ“生きていたもの”の温かさ。

真人の喉が鳴る。

 

怖い。

怖い。

怖い。

 

それでも。

手を引かなかった。

 

【嘘をつくな:進行中】

 

真人は、初めて理解した。

ここは。


生きるか。

 

死ぬか。

 

それだけの世界だ。

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