第四話 生きるための準備
寒さは、痛みより残酷だった。
朝日が昇るまでの時間、真人は一度も眠れなかった。
眠る勇気がなかった。
目を閉じた瞬間に、何かに喉を裂かれる気がして。
空が少しずつ白くなっていく。
夜の黒が、ゆっくりと薄れていく。
草原の輪郭が戻る。
「……生きてる」
それは奇跡ではない。
偶然だ。
見逃されただけ。
それでも、真人はまだここにいる。
腕を動かす。
痛い。
肩も痛い。
だが、動く。
昨日より、ほんの少しだけマシだった。
体を起こす。
立ち上がる。
足が震える。
それでも、立てた。
視界に文字が浮かぶ。
【ロキの試練】
・恐怖から逃げるな
・嘘をつくな
変わっていない。
ロキの声は聞こえない。
だが、見られている気がする。
真人は周囲を見回した。
草原。
森。
そして――石。
大小さまざまな石が転がっている。
昨日、自分は石で戦おうとした。
だが戦いにもならなかった。
それでも、何もないよりマシだった。
(素手じゃ無理だ)
昨日のゴブリン。
あれは、絶対に勝てない。
だが、この世界には“弱い存在”もいるはずだ。
ゲームでもそうだった。
最初から強敵ばかりではない。
弱い敵。
倒せる相手。
それを見つけなければ。
真人は、地面に落ちていた石を拾った。
重い。
手に馴染まない。
だが、握る。
振ってみる。
遅い。
情けないほど遅い。
それでも、何度か振る。
腕が痛む。
やめたくなる。
だが、やめない。
やめたら、死ぬ。
それだけは理解していた。
次に、周囲を見る。
長い草。
細い茎。
引っ張る。
抜ける。
もう一本。
さらに一本。
束ねる。
意味があるのかはわからない。
だが、何もしないよりマシだ。
手を動かしていると、不思議と恐怖が少しだけ遠のく。
「……生きる」
小さく呟く。
視界に文字が浮かぶ。
【嘘をつくな:進行中】
真人は森の方を見る。
怖い。
昨日、あそこから何かが来た。
だが。
草原には何もない。
水もない。
食べ物もない。
森に入るしかない。
足が止まる。
心臓が速くなる。
逃げたい。
だが、文字が浮かぶ。
【恐怖から逃げるな】
「……わかってるよ」
返事をしてしまう自分が、少しだけ嫌だった。
ロキの言いなりのようで。
それでも。
真人は、石を握り直した。
震える足で、一歩踏み出す。
草が揺れる。
音がする。
止まる。
何も来ない。
もう一歩。
森が近づく。
木の影が大きくなる。
そのとき。
カサッ。
すぐ近く。
真人は反射的に石を構えた。
草の間から現れたのは――
小さな生き物だった。
灰色。
犬より小さい。
牙はあるが、ゴブリンほどではない。
目も、弱々しい。
真人と目が合う。
相手も止まる。
逃げるか。
襲うか。
わからない。
真人の手は震えている。
勝てる保証はない。
だが。
逃げ続ければ、何も変わらない。
何も得られない。
何も守れない。
真人は、石を握る力を強めた。
呼吸を整える。
恐怖は消えない。
消えるはずもない。
それでも。
逃げなかった。
【恐怖から逃げるな:進行中】
真人は、小さく息を吐いた。
そして――
一歩、前に出た。




