第十五話 連れて行かれる日
その日は、静かだった。
いつもなら聞こえる、男たちの笑い声が少ない。
代わりに低い声での会話が時々聞こえてきた。
内容までは聞き取れない。
でもとても嫌な予感がした。
理由はわからない。
ただ胸の奥がざわついていた。
隣を見るとカイは、座っていた。
膝を抱えて何も言わずに。
「……カイ」
呼ぶとカイはゆっくりと顔を上げた。
「……なんだ?」
声は小さい。
でも前より、少しだけはっきりしていた。
「……」
言葉が出てこなかった。
何を言えばいいのか、わからなかった。
頑張れ?
大丈夫?
そんな言葉はここでは意味がない。
何の力もない。
「……」
結局、何も言えなかった。
カイもそれ以上は何も聞かなかった。
沈黙。
それでも一人よりは、ましだった。
その時足音がした。
コツ
コツ
コツ
重い音。
奴隷商人だった。
鍵を持っている。
嫌な予感が、強くなる。
男はカイの檻の前で止まった。
「……」
時間が止まった気がした。
カイも俺も動けなかった。
男が、鍵を差し込む。
カチャ
檻が開く男。
ギィ……
「出ろ」
短い言葉だったがそれだけで。
全部、理解できた。
「……」
カイは、動かなかった。
何も動けなかった。
男が、鎖を引く。
「ぐっ……」
カイの体が、前に引っ張られる。
「出ろ」
カイは、ゆっくりと立ち上がった。
足が震えている。
一歩。
また一歩。
そして檻の外へ完全に、出た。
鎖に繋がれたまま。
カイが、こっちを見た。
目が合う。
何かを言おうとしている。
でも言葉が出ない。
「……真人……」
小さくて震える声。
「……」
俺も、声が出なかった。
喉が、動かなかった。
何か言わなきゃいけないと思った。
でも何も言えない。
カイが、少しだけ笑った。
それは無理してるように見えた
作った笑顔。
「……ありがとな……」
それだけ言った何に対してかは、わからない。
でもわかった。
俺が話したから。
名前を呼んだから。
一人じゃなかくなった。
それに対して言ったのだと。
「……」
胸が痛い。
苦しい。
でも何もできない。
男が、鎖を引く。
カイの体が、前に進む。
一歩。
また一歩。
遠ざかっていく。
俺の檻から離れていく。
「……」
止めたい。
行くなって。
言いたい。
でもできない。
俺は檻の中で何もできない。
ただ、見ているだけ。
カイが最後に、もう一度振り返った。
目が合う。
そして消えた。
建物の外へ連れて行かれた。
足音が、遠ざかる。
そして完全に聞こえなくなった。
「……」
静かになった。
隣の檻は空になった。
誰もいない何もない。
ただの空間。
さっきまでカイがいた場所。
拳を握る。
強く。
震えが止まらない。
頭の中に、文字が浮かぶ。
【ロキの試練】
【試練:奴隷から脱却せよ】
【進行状況:0%】
何も変わらない。
変わらない。
でも心の中では何かが変わった。
小さな何かが静かに燃え始めていた。
それは消えない火のように。




