第十一話 首輪の重さ
パンの味が、まだ口の中に残っていた。
ほんの少し前までは俺は、虫を食べていた。
本当に死ぬ寸前だった。
なのに今は屋根があって温かいスープがあってパンがあって生きている。
そのはずだった。
「……」
外を見たまま俺は動けなかった。
檻がありその中にいた子供には鎖や首輪が繋がっていた。
動かない目そして。
「売れるだろ」
その言葉頭の中で、何度も繰り返される。
売れる?
誰が?
……俺が?
喉が乾く。
さっき、スープを飲んだばかりなのに。
呼吸が浅くなり心臓が速くなる。
逃げなきゃいけないそう思った。
でも体は、動かなかった。
動かないんじゃない動けないんだ。
力がない今の俺には。
立つことすらやっとな位だ。
逃げる?
どうやって?
どこに?
森に戻るのか?
あの地獄に?
虫を食べて震えて奪われて。
また、死にかけるのか?
あんな事が続くならここの方がいいと思ってしまう。
「……」
何もできない。
俺はまた何もできない。
その時頭の中に、文字が浮かんだ。
【ロキの試練】
見慣れた文字消えない文字。
俺が決して逃げられない文字。
そして――
【試練:奴隷から脱却せよ】
「……」
息が止まった。
奴隷はっきりと書かれている。
つまりこれは、確定している。
俺は奴隷になる。
いやもう、なっているのかもしれない。
「……ふざけるな……」
震える声で小さく呟く。
脱却せよ?
簡単に言うなよ。
どうやって?
俺は弱いし何もできない。
火も作れない。
食べ物も守れない。
虫を食べて、やっと生きてるだけの存在だ。
そんな俺が奴隷から、脱却?
できるわけがない。
でも文字は、消えなかった。
ただ、そこにある。
まるで逃げるな、と言っているように。
その時扉が開いた。
ギィ……
さっきの男が入ってくる。
手に、何かを持っている。
簡単には壊せないような鉄の首輪だ。
「……」
体が凍る。
逃げろ。
頭の中でそんな声がする。
でも足が動かない。
男が、近づいてくる。
ゆっくりと逃げないことを、わかっているように。
「暴れるなよ」
男は、淡々と言った。
「痛いだけだ」
俺の後ろに回り肩に、手を置かれる。
「っ……!」
体が跳ねた。
怖い。
怖い。
怖い。
でも力が、ない。
首に、冷たい感触。
鉄を感じる。
固くて重い。
そして。
カチッ
音。
閉じた音終わった音。
「……あ……」
声が漏れる。
首に、重さがある。
違和感や圧迫感。
取れない外せない。
俺の手では、どうにもできない。
「よし」
男が言う。
「これで絶対逃げれねぇ」
逃げねえ。
その言葉が、胸に刺さる。
逃げる前提だった。
俺は逃げる存在だった。
でももう、逃げられない。
男は、俺を見下ろした。
「お前は運がいい」
運がいい?
「ちゃんと売ってやる」
売るやっぱり。
俺は商品だ。
俺はもう人間ではなくなってしまった。
この瞬間からもう俺は物なんだ。
頭の中の文字が、少しだけ光った。
【ロキの試練】
【試練:奴隷から脱却せよ】
【進行状況:0%】
0%。
ゼロ。
何も始まっていない。
何もできていない。
でも終わってもいない。
俺は首輪に触れた。
冷たくて重い。
外れそうにない。
これが奴隷。
これが俺の現実。
喉の奥から、声が漏れた。
「……絶対に……」
小さくかすれた声で。
「……絶対に……」
まだ、続きは言えなかった言う資格が、ない気がした。
今の俺は何もできないただの、奴隷だから。
でも心の奥の、どこかで。
何かが、消えていなかった。
完全にはまだ死んでいなかった。




