第7話 俺より強い奴に、会いに行く
キドがロエルを呼び出し、二人の対決が始まる。そこへルードとラミアが通りかかり、騎士団員たちは思わぬ行動を見せる――ルードが怒鳴り、ラミアは今日も笑顔。公爵家の日常は、やっぱり一筋縄ではいかない。
「少し、よろしいですか?」
キドは背中を向けたまま、顔だけをわずかに傾けてロエルを呼んだ。
声音は低く、冗談の余地がない。
いつもの飄々とした笑みを消し、ロエルは視線を鋭くする。
無言で後を追った。
向かった先は演舞場だった。
金属の擦れる音、抑えた話し声。
騎士たちの動きが、二人の存在に気づいて一瞬だけ鈍る。
キドは立ち止まり、振り返らない。
「……で?」
ロエルは短く尋ねた。
睨みつけるような鋭い視線で、余計な軽口は一切ない。
キドは答えず、背を向けたまま珍しく羽織っていた外套を脱ぐと、無造作に放り投げた。
それだけで、ロエルの目がさらに鋭くなる。
ロエルは一歩、間合いを測るように動いた。
無意識の動作。
それを見て、キドの口元が僅かに歪む。
「……なるほど」
「何がだ」
「いえ。思ったより近いなと」
二人の距離は、踏み込めば届く。
だが、まだどちらも動かない。
キドの姿勢は低く、重心が安定している。
副団長として、数え切れない修羅場を潜ってきた男の立ち方。
一方のロエルは、隙だらけに見える。
だが、その視線は一切揺れていない。
——得体が知れない。
キドは内心で確信する。
この男は、型では測れない。
キドはゆっくり振り返り、言った。
「俺の……俺の胃が痛い原因は……」
一拍。
「ロエル様が、半分ほど占めている——!!」
最後は、叫びだった。
「……え?」
ロエルは目を見開き、次の瞬間、口元に思わず笑みが浮かぶ。
キドはすでにシャツの袖をまくり上げていた。
露わになったのは、鍛え上げられた筋肉質な腕。
「だから一度くらい叩かせてください。真剣は使いません。ええ、そこは我慢します。木剣で。そう、木剣です。」
「嫌だよ!」
ロエルが一歩、反射的に間合いを外す。
「何言ってんだお前。本当は真剣抜きたいんだろ」
「ええ、ええ、そうですよ」
キドは一切否定しない。
「ルード様の分も含めて、俺が代表して叩かせていただきます」
「ふざけんな」
その騒ぎに、周囲の騎士たちが次々と集まってくる。
「何してる! 早く木剣を渡せ!」
副団長の声に、反射的に騎士が動く。
木剣が差し出される。
キドはそれを掴むと、ロエルを追いかけた。
「待て!」
「俺の分ないのかよ!」
ロエルは逃げながら叫ぶ。
「もー面倒くせぇな、早く渡せって!」
別の騎士がロエルにも木剣を差し出す。
「外套に傷つけんなよ」
ロエルは受け取りながら言った。
「衣装係を泣かせながら作らせてんだからな」
そう言って、ロエルも外套を脱ぐ。
——次の瞬間。
木剣とは思えない激しい打ち合いが始まった。
乾いた音が連続し、足音が床を叩く。
ロエルの剣は軽く、流れるように角度を変える。
正面から受けず、いなし、外し、次の一手へと滑るように繋げてくる。
一方、キドの剣は無駄がない。
一撃一撃が重く、最短距離で確実に間合いを詰めていく。
木剣が噛み合い、火花こそ散らないが、
空気が震えるほどの圧が生まれる。
次第に暑さに耐えきれず、二人とも袖を肘までまくり、胸元のボタンも外している。
「やるじゃないですか」
キドの目は完全に据わっていた。
「うちの騎士団、入ります? 鍛えてあげますよ」
「……俺ばっか痛ぶる気だな」
ロエルは息を切らしながらも、口角を上げる。
外套の下では目立たないが、開いたシャツの隙間から、鍛え上げられた腹筋と胸筋が覗いていた。
本人は気にも留めず、筋張った腕で額の汗を拭う。
「悪いが、俺もそれなりにやってきた」
「そのようですね」
キドは木剣を構え直す。
「役職を付けてあげてもいいくらいです」
「は。光栄だな」
笑いながらも、ロエルの目は鋭いままだ。
二人の対峙に、周囲の騎士たちは息を呑んでいた。
副団長と互角に渡り合うロエルの姿に、隠せない驚きが走る。
息が上がり、肩が上下する。
それでも剣速は落ちない。
ロエルが一歩下がる。
それを逃さず、キドが踏み込む。
——だが、その瞬間。
ロエルの口元が、ほんのわずかに歪んだ。
予測の外から、木剣が弧を描く。
「……っ」
キドは即座に受け止めたが、手首に、確かな衝撃が走った。
一瞬、演舞場が静まり返る。
剣がぶつかった衝撃の余韻が、空気にまだ残っていた。
騎士たちは口を開けたまま動けず、二人の呼吸音だけが響く。
そこへ——
「……何の騒ぎだ」
通りかかったルードが足を止めた。
事情を聞き、視線を向ける。
「……何やってんだ、あいつら」
キドもロエルも、シャツすら脱いで対峙し続けている。
その背後から、ひょっこりとラミアが顔を出した。
「まぁ」
目を輝かせて言う。
「キド様もロエル様も、お強いんですね」
そして無自覚に続けた。
「それに、お二人ともとても逞しいんですね。ルードお兄様のようで、素敵です」
「……そうか?」
ルードが照れ隠しのように言った、その瞬間。
「自分も鍛えています」
「自分もです!」
騎士たちが次々と名乗り出て——
脱ぎ出した。
「やめろーー!!」
だが。
騎士たちは聞いていなかった。
いや、正確には——
ラミアしか見ていなかった。
「腹筋もです!」
「背中も見ますか!」
「副団長に勝てます!」
ルードの怒号が響く。
「やめろと言っている。何考えてるんだお前たちは!!」
しかしその時にはもう、
数名が完全に脱ぎ終えていた。
ラミアは目を丸くしながらも、素直に感心する。
「まぁ……皆さま、本当にお強いのですね」
——致命打。
ルードは頭を抱えた。
「違う!!そこじゃない!!」
その光景を見たキドは、顔色を失い、猛スピードでシャツを着込んだ。
ロエルもラミアの視線に気づき、無言でシャツを着る。
一方騎士たちは、ルードの言葉よりもラミアの言葉を重く受け止め、各々が筋肉を誇示するようなポーズを決め続けている。
キドは壁際を伝うように、こそこそとその場を離脱した。
ロエルは呆れた目で、それを見送った。
ルードは怒鳴り続け、
騎士たちはポーズを決めたまま輝いていた。
ラミアは拍手しそうになり、
ルードが慌ててその手をそっと下ろした。
ラミアは一人一人を丁寧に褒めていた。
——演舞場は、今日も平和だった。
*春の筋肉まつり
お読みいただき、ありがとうございます。
剣を交え、怒鳴り合い、騒ぎになる――
それでも最後に笑顔で場を和ませてしまうのが、皇女ラミアという存在です。
そんな彼女に振り回されながら、今日も公爵家は平和です。
次回も、賑やかな日常をお楽しみいただけたら嬉しいです。




