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第4話 おーいみんな、はじまるよー

公爵家の大げさな雰囲気に、ルードは呆れ顔。覚悟を決めたキドが皇女ラミアに向き合うが、ラミアがそっと手を伸ばすと、思わずその手を払いのけてしまう。不敬とギャグが入り混じる、公爵家の小さな騒動。

公爵家 執務室


「……今、何と言った」


ルードの声は低く、静かだった。

あまりに静かで、逆に危険な温度を帯びている。


報告に来た使用人は、背筋を凍らせた。


「で、で、ですから……」

言葉を選びながら、必死に続ける。

「本日、皇女殿下は、その……キド様の後を……」


「後を?」


「お、追いかけております」


ルードの眉が、わずかに動いた。


「いえ、正確には……」

使用人は額に汗を滲ませる。

「追いかけている、というより……見つからないように、追っている、と申しますか……」


「…………」


ルードは、ゆっくりと額に手を当てた。


「……女官たちは、何をしている」


「そ、その……」

使用人は観念したように答える。

「皇女殿下を、同じく見つからないように……こっそり後を付けております」


「……?」


ルードが顔を上げる。


「何だそれは」


一拍。


「この公爵家は、かくれんぼ会場か?」


「い、いえ!」

使用人は勢いよく否定した。

「それよりは……諜報ごっこ会場かと!!」


――沈黙。


次の瞬間、部屋の隅で控えていた使用人たちが、必死に口元を押さえた。

肩が震えている。


(……ロエル様がいらしたら、大爆笑だな)

誰もが、そう思った。


「……」


ルードは、奥歯をぎり、と噛み締めた。


「……だいたい、なぜキドなんだ」


低く、重い声。


「それで?」

「なぜ朝から、そんな事態が今も続いている」


使用人は、さらに小さくなった。


「そ、それは……」

「キド様が……気付いておられないからかと……」


「……そんな訳があるか」


ルードは即座に切り捨てる。


「戦場で、背中を取らせない男だぞ」


一瞬、考え――


「……いや」


理解した。


「無視だ」

「気付かないふりをしている」


使用人が、そっと頷く。


「……不敬だな」


ぽつりと吐き捨てるように言い、ルードは席を立った。


椅子が静かに引かれる音が、やけに大きく響く。


「……全員」


使用人たちが、びくっと姿勢を正す。


「この件、これ以上エスカレートさせるな」

「“遊び”と“公爵家”を混同するな」


そう言い残し、ルードは執務室を出ていった。


――なお。


この時点で、

すでにエスカレートしていることに、

気付いている者は、誰一人としていなかった。



逃げる副団長


キドは、決して気弱な男ではない。


ルードが団長として剣を振るっていた戦場で、

キドはその隣に立つ、副団長だった。


冷静。

冷徹。

感情に揺らぐことはなく、判断は常に的確。


野営が続き、他の騎士たちが疲労で音を上げても、

キドはそれを冷たい目で見下ろしていた。


優しい副官などではない。

ルードにとっても、信頼できる――頼もしい男だったはずだ。


そんなキドが、今。


(……あー)


この国唯一の皇女殿下に、

静かに、しかし確実に、追い詰められていた。


どうしたものか。


敵に背中を取らせない男が、

天使のような少女から背を向け、逃げ続けている。


だが、逃げ続けても仕方がない。

このままでは、いずれルードの耳に入る。


そうなれば、説教という名の時間が増えるだけだ。


(……覚悟を決めるしかない)


キドは足を止めた。

腰に手を当て、深く息を吐く。


そして――振り返る。


「……殿下。何か、ご用ですか」


その声に、ラミアがびくりと肩を震わせた。


柱の影から、おずおずと姿を現す。

出てきたものの、俯いたまま、言葉が出てこない。


「え、と……」


しばらくして、ようやく口を開く。


「……いつ、気付かれていましたか?」


(まさか、ずっと気付かれていないと思っていたのか)


キドは、思わず額に手を当てた。


(……あー……)


本当に、住む世界が違う。

妖精にでも会ったのだろうか。


こんなにも、ふわふわした少女。


正直――


(……苦手……)


ハッとして、顔が青くなる。


(いや、違う。不敬だ)


「……お疲れですか?」


ラミアが心配そうに尋ねる。


「大丈夫ですか?」


そう言って、ラミアはそっと手を伸ばし、

シャツを捲ったキドの腕――

血管の浮き出た、鍛え上げられた腕に、

華奢な指先を触れさせた。


「ひぃっ!?」


キドは思わず悲鳴を上げ、

反射的にその手を払ってしまった。


「……っ」


顔面蒼白。


「す、すみません!」

慌てて言葉を重ねる。

「お怪我は……!」


ラミアは、黙ったままだった。


「……あ、あの……」


沈黙。


「……お怪我、されていましたか?」


俯いたまま、ぽつりと呟く。


「……痛かったですか。すみません……」


完全に、しゅんとしている。


(……終わった)


キドは内心で崩れ落ちた。


「い、いえ!」

必死に取り繕う。

「それで、ご用件は……?」


その時だった。


少し離れた場所に、腕を組んで立つルードの姿が見えた。


――見られている。


(……頭を撫でたロエル様と、

 手を払った俺……)


(……どちらの罪が重い)


視界が暗くなる。


キドは、今度こそ本気で、

気絶しかけていた。



その直後、別の使用人がルードを呼びに来る。


「後で、俺の執務室に来い」


そう凄んだ視線だけを残し、ルードは去っていった。


キドの胃が、きりりと痛む。


その視線の下で、

ラミアは「よし」と小さく決心したように、口を開いた。


「あの……先日、騎士の方々とお話しさせていただきまして」

「普段、守っていただいている感謝の気持ちに……」


「ハンカチを、刺繍しまして……」

「それを、お渡しに行きたいのですが……」


キドは、青くなったまま天使のような少女を見下ろした。


――ハンカチ?


ハンカチ。

ハンカチを渡したい?


……何だ?

何かの隠語か?


「……ハンカチを、騎士に渡したい、と?」


思わず言葉に出して確認してしまう。


「はい」


満面の笑み。


「ですが、キド様のお手間を取らせるつもりはありません」

「騎士団に伺っても良いお時間を、教えていただければ……」


キドは頭を抱えた。


刺繍?

刺繍だって?


皇族が。

騎士に。

自ら刺繍したハンカチを?


――この可憐な天使が。

頬を赤らめ、上目遣いで、騎士に?


手渡しで?


「…………」


沈黙。


廊下の先へ視線をやる。

もう、ルードの姿はない。


「……自分も、共に行きます」


「お忙しいのでは?」


小首を傾げるラミア。


その仕草に、キドは頭痛を覚えた。


「……ですが、ありがとうございます」


眩しいほどの満面の笑み。


キドは、その眩しさを――

本当に物理的に眩しそうに受け止め、目を細めた。

お読みいただきありがとうございます。

次回はキドとラミアが騎士団へ。

皇女降臨で、騎士団は阿鼻叫喚の事態に……?

引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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