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第3話 振り返れば姫がいる

皇女ラミア、何故かこっそりキドの後をつける。その後ろには女官もひそかに付いていく。キドは関わりたくなくて知らんぷり。ドキドキとわちゃわちゃが入り混じる、ほのぼの回。

キドの一日


キドの一日は、朝から息つく暇もない。


使用人への申し送り。

騎士への業務通達。

ルードへ提出する書類の取捨選択。


それに加えて、皇女殿下・ラミアの本日の予定確認。

それに応じた女官と護衛騎士の人数調整、配置の采配。


――完璧だ。


(……腕がなまるな)


内心で、キドは小さくぼやいた。

自分もルードと同じく、かつては戦場で剣を抜いていた身だ。

本来、机仕事は性に合わない。


(……いや、今さらか)


そして今日に限って、どうやら余計な業務が一つ、増えそうだった。


――気配がする。


後ろだ。


柱から柱へ、そっと移動する影。

視界の端に、白いドレスがちらりと見えた。


(……皇女殿下)


さらにその後方。

なぜか同じ動きをする女官たち。


……何なんだ、一体。


だが、これ以上仕事を増やす気はない。

申し訳ないが――


(無視だ)


キドは何事もなかったかのように廊下を進んだ。



角を曲がったところで、軽い声が飛んできた。


「よ」


ロエルだった。


「……おはようございます」

疲れ切った笑みを浮かべて、キドは答える。

「まだ、いらしたんですね」


嫌味が滲む。隠す気もない。


「ひでーな」

ロエルは笑う。

「ちょっと侯爵家の方で用事があってさ。

 しばらく実家とこっち、拠点にしようと思ってな」


「……えぇ……」


心底、嫌そうな声だった。


「お前さ……」

ロエルは呆れたように言い、ふと視線を動かす。

「って、なんだ?

 何か遊んでんのか?」


ロエルも、柱の影から覗くラミアと女官たちに気づいた。


「……」


キドは小声で吐き出す。


「知りませんよ」

「朝から、こうなんです」

「殿下が……ずっと付いてくるんです」


「……」


「もう勘弁してください」


二人は並んで廊下を進む。


「可愛いな」

ロエルが言った。

「ちょこちょこ付いてきて。

 その後ろから女官まで柱に隠れてるし」


「……」


「カルガモごっこか?」


自分の言葉に耐えきれず、ロエルは声を上げて笑った。


キドは、青い顔のまま冷たい目を向ける。


「……変わってくださいよ」

「そんなに面白いなら」


「変われるなら変わってやるよ」

ロエルは笑いをこらえきれない。

「でもなー、ラミアが付いてきたら可愛すぎて抱きしめちゃうな」


「ハハハ!」


――キド、完全停止。


次の瞬間、ロエルの目前に顔が迫った。


「何、呼び捨てにしてるんですか?」


低く、静かな声。

だが目は、本気だった。


「抱きしめる?」

「一体、何を言っているんですか」

「詳しく、教えていただけます?」


ロエルは顔をしかめ、一歩下がる。

「近い近い。顔近づけんな」


「俺がラミアの部屋に行った時な」

「帰り際に“またな、ラミア”って言ったんだ」


「そしたら、笑顔で“はい、また是非”だぞ?」

「気にしてないんだなって思ってさ」


肩をすくめる。


「身分も立場も、ほんと何も気にしてない」


「……」


キドは、深く息を吸った。


「皇族を試すなど、何を考えているんですか」

「その頭の中、一度見せていただけますか?」


そう言いながら、ロエルの頭に手を伸ばす。


「やめろ、触んな」


「でしたら、皇女殿下にも触れないでください」

「当然、お名前を呼ぶなど論外です」


完全に噛みついている。


「はいはい」

ロエルは面倒そうに手を振った。

「俺、急いでるんだ。出るな」


「はい。何百年でもどうぞ」


ロエルは背を向け、片手を上げる。


「すぐ帰るようにするなー」


そう言い残して去っていった。


キドは、深く息を吐いた。


「……ふぅ」


だが、すぐに気づく。


(……終わっていない)


そっと振り返る。


柱の影から、ラミアがひょこっと顔を出していた。


キドの胃が、音を立てて悲鳴を上げる。


――キドの一日は、まだ始まったばかりである。



ラミアの決意


ラミアは、少し離れた場所からキドを見つめていた。


――キド様に、話しかけたい。


そう思うのに、声が出ない。


忙しそうだった。

それどころか、一息つく暇すらなさそうだ。


朝から各部署を巡り、使用人に指示を出し、騎士に業務を伝え、書類を確認し、

何か想定外の事態が起きれば、その場で即座に判断し、指示を飛ばす。


迷いがない。

けれど、決して独断ではない。


(……すごい)


ラミアは、素直にそう思った。


自分も皇族として、公務を――

そう考えたことが、なかったわけではない。


けれど実際は、父や母に付き添って公の場に出る程度で、

「本格的な公務は成人してから」と言われ続けてきた。


そして、成人したと思ったら。


――公爵家へ行きなさい。


そう告げられ、ここへ来た。


ルードは、ラミアにとって兄のような存在だ。

幼い頃から変わらず、いつも穏やかに、そして真剣に気遣ってくれる。


きっとルードも、公爵家の仕事を抱えながら、

自分を迎え入れるのは簡単ではなかっただろう。


(……それなのに)


これからは、キドにも負担をかけてしまう。


その事実が、胸の奥に小さな痛みとして残っていた。


本当は、ただ一言。


「よろしくお願いします」

「ご迷惑をおかけしますが」


それだけ言えればよかった。


許可をもらう必要も、堅苦しい言葉も、

本当はいらないのかもしれない。


けれど――


――その一言を、話しかける時間がない。


キドはまた足早に廊下を進み、誰かに声をかけ、

書類を受け取り、次の指示を出す。


ラミアは、思わず指先をきゅっと握った。


(……待つだけじゃ、だめ)


胸の奥で、何かが静かに決まった。


キドが落ち着くまで待つ。

話しかける隙ができるまで、待つ。


それも、一つの選択だ。


でも――


(私も、できることをしたい)


ラミアは、そっと背筋を伸ばした。


公務を知らない。

仕事の流れも分からない。

役に立てるかどうかも、分からない。


それでも。


(迷惑をかけない努力は、できる)


そう思った瞬間、胸の奥に小さな勇気が灯った。


ラミアは、柱の影から一歩だけ、前に出る。


それは、ほんの一歩だったが――

彼女にとっては、


「守られる側」から、

「関わろうとする側」へ踏み出す、一歩だった。

次回、ついにキドが覚悟を決めて、天然皇女ラミアと真正面から向き合います。

しばらくキド回が続きますが、胃痛と奮闘の日々を、温かく見守っていただけると嬉しいです。


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