第25話 我ら、討ち入りと相成る
帰省=修羅場。重苦しい政治の話のはずが、なぜか恋人芝居と口付け命令(未遂)。笑えないのに笑える、侯爵家決裂回。
馬車が侯爵家へ近づくと、キドの肩はすくみ、心臓は早鐘のように打つ。
「……あぁ、これからが本番の磔気分……」
ロエルは窓の外を見て屈託なく笑う。
「ハハ、ここからが本番だな」
キドは小さく呻き、思わず目をつむる。
馬車は静かに侯爵家の門をくぐり、圧倒的な威厳を放つ城構えが姿を現した。重厚な門扉、荘厳な塔、歴史を感じさせる壁面――キドは思わず息を呑む。
屋敷に通されると、年代物の調度品や価値の高いであろう絵画が並び、緊張感が一層高まる。
ロエルは実家に戻っただけとあって、表情ひとつ変えず、颯爽と歩を進める。
キドは「そんなに早く行かないで……」と言わんばかりにロエルの裾を軽く掴み、少し引き留める。
ロエルは無言のまま冷たい視線をキドに向け、すぐに前を向き歩き続ける。
キドは心の中で「約束が違う……」と叫びつつも、表情を引き締め、毅然として後に続く。
やがて応接室に到着する。
「入りなさい」
侯爵の声とともに中の扉が開かれる。
ロエルは笑みを一切見せず、冷たく鋭い表情のまま応接室へ踏み出す。
キドは一歩遅れてロエルの裾を握り、手の硬直を抑えながら、副団長としての立ち振る舞いを意識して後に続く。
「さて、もう一度お前の口から説明しなさい。」
「言った通り。俺はキドを選んだ。」
ロエルは舞踏会の時の緊張も、普段の飄々さも消え、淡々と冷静な表情を保っていた。
キドは落ち着こうと出された茶に手を伸ばしたが、手が震え茶器がカタカタと音を立てる。ロエルは横目でそれを冷たく一瞥した。
ザグル侯爵は、低く響く重厚な声で言う。
「ハハ、毒など入れていない。安心して飲みなさい」
「は、はい、ありがとうございます」
侯爵の存在感は圧倒的で、室内の空気を凍らせる。
「こんな粗末なやり方も、自らの手を汚す必要もない」
キドの喉がヒュ、と音を立てる。
「殺るなら、な」
侯爵の視線は鋭く、ロエルの冷徹ささえ凌ぐ重みを帯びていた。
「所で君は公爵家で副団長をしているそうだな」
「は、はい」
「それで務まるのか? 公爵家副団長、とやらは」
キドの目が一瞬鋭くなるが、口を開く前にロエルが手を前に出し制止する。
「親父、キドは今日、副団長としてではなく、俺の恋人としてここに来た」
キドは青ざめ、心の中で叫ぶ。
(無理だ……この殺伐とした空気で、ロエル様があの冷徹な顔で恋人だなんて!)
「緊張して赤くなっているだけだ」
ロエルは続ける。
「……青いぞ」
侯爵はキドの顔を一瞥したあと、視線をそらす。
「お前の趣向に興味はない。だが、それに何の価値がある?」
「皇女を我が主中に納めることは容易い。そうなればお前は皇女ラミアの夫として、我が侯爵家は政治の中枢に入り込める。それを棒に振るとは、何を考えている」
侯爵の声は怒りを帯びつつも、落ち着きと威圧感に満ちて室内に響いた。
キドは目を見開き、息を飲む。
侯爵はゆっくりと歩きながら言った。
「皇太子と第二王子が争えば、貴族は必ず割れる。
その隙に誰が上へ出るか――考えるまでもない話だ」
視線がロエルに突き刺さる。
「お前が皇帝から不穏分子の廃絶を任された理由もな」
キドの胸がざわついた。
理解するより先に、言葉の重さだけがのしかかった。
キドは、息を呑むことしかできなかった。
「代々、我が家門は皇帝に警戒されている。だが、それで良かった。お前がそつなくこなし、皇室に恩を売れれば、それで十分。それで皇室を脅し、皇女を手にできれば、不穏分子をけしかけた甲斐もあったわけだ」
キドは衝撃で体が固まる。
(……ルード様が言っていたのは、こういう事か……?)
ロエルは冷たい笑みを浮かべる。
「…いいのか? 公爵家副団長の前でその発言をして。公爵家当主ルードは皇女の従兄妹で、皇后の甥だぞ?」
侯爵は動じず、視線を一層鋭くした。
「ふん、証拠は何もない。お前がその男を懇意にしている、という証拠もな」
「証明が必要か?」
「そうだな、出来るならしてみろ」
ロエルはキドに向き直った。
「キド、俺と口付けろ」
「!? 嫌ですよ!!」
「フッ、くだらん茶番を。その男をこちらに引き込め。侯爵家にいれば多少役にも立つだろう」
ロエルはザグル侯爵に向き直り真剣に言った。
「キドは恥ずかしがり屋なんだ」
「?! ロエル様、もう無理ですって。いくら何でも無茶ですよ」
「わかった」
ロエルはキドの両肩に両手を置く。
「キド、俺の靴に口付けろ」
「はぁー?! あんた何言ってんだ!」
「いつもしてるだろう。親父がそうすれば認めると言っている」
「言ってないでしょう!!」
「言ってないぞ!」
二人の声が重なる。
侯爵は大きくため息をつき、頭に手を置く。
「お前は今まで築いて来たこの侯爵家に泥を塗るつもりか。舞踏会での事と言い、いつまで評価を落とし続けるつもりだ」
ロエルは鼻で笑い、軽く馬鹿にした表情を侯爵に向けた。
「評判良いとでも思ってたのか? この侯爵家が。汚い方法で他家を蹴落とし、卑怯なやり方で高位貴族を脅し、手に入れた爵位が尊い、とでも?」
「……いずれ化けの皮は剥がれる」
侯爵は、わずかに目を細めた。
「……くだらん」
低く抑えた声が、室内の空気を凍らせる。
「その程度の芝居で、この私を動かせると思ったか」
ロエルの口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「お前の考えも、目的も――最初から見えている」
一歩、踏み出す。
「だが――」
「それでも、私の盤上に乗らぬ駒に、居場所はない」
視線が鋭く突き刺さる。
「今日この時をもって、お前は侯爵家の人間ではない」
「名も、庇護も、後ろ盾も、すべて捨てろ」
一拍。
「生き残れると思うな」
「だが、もし生き延びられたなら――」
「その時は、駒として拾い直してやる」
ロエルは一瞬、言葉を失い、そして楽しげに笑った。
「……相変わらずだな」
「上等だ」
踵を返し、キドを見る。
「行こうか」
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