第24話 平和じゃない方
舞踏会の翌日。皇宮ではラミアのための茶会が開かれ、令嬢たちは和やかに談笑していた。――その一方で。ロエルとキドを乗せた馬車は、ザグル侯爵家へ向かっていた。平和な場所と、平和じゃない場所は同時に存在する。そして今回、平和じゃない方にいるのは、間違いなくこちらだった。
その夜、ルードは皇帝に呼び出され、舞踏会で起きた一連の出来事を簡潔に報告した。
皇帝は玉座に腰掛けたまま、終始無言で耳を傾ける。
すべてを聞き終えたあと、低く息を吐いた。
「……あの男、ついに動いたか」
しばしの沈黙。
「侯爵家の嫡男ロエルについて、そなたはどう見ている」
探るような視線を受け、ルードは一拍置いてから答えた。
「才はあります」
「危うさもあります」
「ですが――あれは、“権力に溺れる男”ではありません」
皇帝はわずかに目を細め、口角を上げた。
「そなたがそう言うなら、十分だ」
それ以上、問いはなかった。
夜の静寂の中、重い扉が静かに閉じられ
る。
舞踏会の翌日、皇宮内の庭園で、皇后主催の茶会が開かれた。まだ社交に慣れていないラミアのため、貴族令嬢たちが集められている。皇后は離れた場所から静かに見守っていた。目的は、これまで令嬢たちと関わることのなかったラミアの社交訓練である。
令嬢たちは皇女に礼儀正しく挨拶を済ませ、次第に柔らかな会話が庭園に広がる。ドレスや宝飾品、流行のスイーツの話題に花を咲かせ、笑い声が静かにこだまする。
「公爵様は素敵ですね。皇女殿下にとっては兄上のようだと伺っております。羨ましいですわ」
ラミアは笑顔で答える。
「はい、お兄様はいつも優しく見守ってくださいます」
令嬢たちはさらに話を重ねる。
「皇太子殿下や第二王子殿下も、知性も武も申し分なく端正なお顔で、皇女殿下は素敵な兄君が三人もいらしてお幸せですね」
「侯爵家のロエル様も素敵でしたわ。あのような男性がお相手なら幸せでしょうに」
「公爵家騎士団副団長のキド様も、立派で…お父様もあのような方なら喜んでいただけそうです」
令嬢たちの無邪気な質問がラミアに向けられる。
「皇女殿下はどのような男性に魅力を感じますか?」
ラミアは笑顔のまま一瞬言葉に詰まる。慌てた令嬢たちはすぐに謝ろうとする。
「申し訳ございません、皇女殿下。品のない質問を…」
しかしラミアは首を横に振り、柔らかく答えた。
「いえ、とても面白いお話です。どうぞ続けてください。私には新鮮で、楽しい話題ですから」
令嬢たちは安堵し、会話は再び華やかに広がる。ラミアも心地よい笑みを浮かべ、耳を傾ける。
だが、胸の奥に、微かなもやりとした感覚が走る。決して不快ではない。けれど、誰かのことが褒められるたびに心のどこかが小さくざわつく。
目の前の令嬢たちが楽しそうに話す声に、ラミアの胸はほんの少しだけ敏感に反応する。
「ルード様には意中の女性はいらっしゃるのかしら?」
「ロエル様は柔らかい印象でありながら長身で…」
「キド様も、とても硬派でご立派で…」
声の一つ一つが、昨日の光景と重なり、知らず知らず心に小さな違和感を残す。
その感覚はまだ名前もつかず、ただ胸の奥に小さく引っかかるだけで、ラミア自身もどう説明してよいかわからない。
令嬢たちは互いに目を輝かせ、頷き合いながら楽しげに話す。ラミアも微笑みつつ、胸の奥で芽生えた不思議な感覚を意識する。春の柔らかな光の中、彼女の心は静かに、少しずつ動き始めていた。
馬車の中、キドは大きなため息をついた。
「ふぅ……」
ロエルがその様子を見て、くすりと笑う。
「まるで磔の刑に向かう馬車の中みたいだね」
「似たようなものですよ……」キドの声は小さくなる。「ザグル侯爵の前では、見えない縄で磔にされてる気分で……ま…まいります」
「そんな心配すんなよ。俺が何とかするから」
「当たり前ですよ!ロエル様のことなんですから」
「でも、事前打ち合わせもなく大丈夫ですか?やりたくもないですが、相思相愛のフリ……とか」
キドの顔色がみるみる青くなる。
「いや、キドはそのままでいいよ。むしろそのままでいてくれ」
「え?そうなると俺、完全にロエル様を拒絶する反応になりますよ?」
「うん。それでいい。親父には正攻法は通じない。調べもついてるだろう。だから呆れさせるんだ」
「えぇ〜…それ、上手くいくんですかー?
ってか着地点はどこですか?
一体何を目指してるんです?」
キドは青ざめながらも、眉間に皺を寄せる。
ロエルは窓の外をぼんやり眺め、遠い目をする。
「んー…何だろうな。」
「不安だなぁー。帰りたいなぁ。」
「ハハ、6発くらいなら殴らせてやるから」
ロエルは笑いながら、軽くキドの背中を叩く。
「もう、殴らなくて良いから帰してー!」
キドが叫ぶと、馬車はまもなく侯爵家へ到着する。
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