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天然皇女と公爵家の問題児たち  作者: angelcaido
2章 皇宮へGO
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第21話 静かなる包囲

狙われたのは、無垢な皇女。

空気が、わずかに重くなる。


音楽は続いている。

笑い声も、グラスの触れ合う音も途切れてはいない。


――それでも。


どこか一角だけ、温度が違った。


気づいた者から順に、無意識に距離を取る。

視線が揺れ、会話が僅かに途切れる。


中心にいるのは――

ザグル侯爵家当主。


ロエルの父。


「皇女殿下……今宵、少しお話しする機会をいただけますか?」


低く静かな声だった。

微笑の奥に、計算と圧が滲む。

逃げ場を残した言葉でありながら、選択肢は最初から用意されていない。


ラミアは屈託なく笑う。


「まぁ、ロエル様のお父様なのですね」


ルードは眉間にシワを寄せ、背筋に冷たいものを感じ続ける。


キドは息を飲む。


(なんだ、この人……)


戦場でもない。

剣も抜かれていない。


それでも――


(……動けない)


ロエルは人の間を縫い、ラミアへ向かう。


ザグル侯爵は静かに一歩前に出た。


視線が、絡みつく。

逃げるという発想そのものを奪うように、静かに、確実に。


舞踏会の喧騒が、遠のいた。


「皇女殿下はまだご公務はなさってはいないとのこと」


一拍。


「それは、皇帝のご判断でしょうか……?」


さらに一拍。


「それとも、貴女ご自身の希望でしょうか……?」


ラミアの微笑が、わずかに揺れる。


侯爵は笑みを崩さない。

その目は一瞬も逸らさない。


「皇太子殿下は次期皇帝に指名されました。

第二皇子殿下も、資質として充分にこの帝国をお支えになることでしょう」


言葉は穏やかだ。


だが――


逃げ道を一つずつ塞いでいく。


「さて、皇女殿下である貴女様は……」


侯爵の声は柔らかいが、微細な圧が会場の空気を染める。


「このまま、皇族としての務めを果たさずお過ごしになられるおつもりでしょうか」


柔らかい声音。

だが、問いではない。


答えを要求する圧だった。


「ああ、いや……」


侯爵は軽く笑う。


「私どもは貴女様をお支えする用意はございます」


一歩、近づく。


言葉のひとつひとつに重みがあり、舞踏会の華やかな音楽も、笑顔の祝福も、まるで遠い世界の出来事のように感じられた。


侯爵は微笑みを絶やさず、しかしその瞳はラミアを計算の対象として見据えている。


「殿下は、この帝国の人々の期待の中で、どのようにお過ごしになるのが望ましいとお考えですか?」


侯爵はさらに一歩距離を詰める。


「ご自身の自由をどの程度まで行使されたいと……?」


声が落ちる。


「それを決めるのは、貴女ご自身。

しかし――」


わずかに、間。


「選択には責任が伴います」


逃げられない形で、言葉を置く。


「――承知の上でお選びください」


ラミアは息を飲んだ。


「…私は何をしたらよろしいのでしょうか?」


侯爵は微笑を絶やさない。

その奥で、何かが絡め取る。


誰もが無意識に背筋を伸ばし、視線を外せない。


「ははは、そのようにご不安になられる必要はございません」


優しい声音だった。

張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


「貴女様は貴女様のままでお過ごしになればよろしい」


その視線だけは、揺らがない。


「ただ――」


一拍。


「ささやかなお願いをするならば」


「このザグル侯爵家の手を取る、という選択肢を頭の片隅に置いていただければ、私どもとしてはありがたく存じます」


侯爵は笑みを崩さず、だがその目は確実に、静かにラミアの心を見据えていた。


ラミアは微笑んだまま、侯爵の視線を受け止める――胸の奥で小さな緊張が走った。


侯爵はさらにひと言、ささやくように続けた。


「もちろん、私どもは一臣下として貴女様をお支えいたします」


穏やかな声音のまま、続ける。


「ですが――その支えには限界もございます」


わずかに視線が深くなる。


「ご安心ください」


一拍。


「殿下の選択を、我々は支える覚悟がございます」


一拍。


「殿下がどのような選択をなさろうと、我々はそれを否定いたしません」


その目は、決して逸らさない。


「時が来れば、殿下ご自身が、誰をそばに置くべきか――選ばねばなりません」


その裏で、確実に、思惑が絡み合い、ラミアを静かに包囲していく――。


ルードはラミアを見た。

ラミアは今まで見せたことのない、わずかに揺れた表情を見せた。


侯爵が怖いのではない。

皇女としての立場――

その重さに、初めて触れたような表情だった。


皇帝はすでに会場を離れている。

この場は――任されていた。


――ここで口を挟めば、収まらない。

ただの会話では、済まなくなる。


ルードは言葉を失った。

止めるべきだと分かっているのに、声が出ない。


背筋を、冷たいものがなぞる。


キドもまた、動けない。


戦場ではない。

剣も抜かれていない。


それでも――


目の前の男は、違う。


社交の場で、すべてを掌握する者。


その存在に、言葉が封じられていた。



ロエルの視線が、ルードとキドをかすめる。


二人とも動けていない。


そのまま――ラミアを見る。


その表情が、わずかに揺れる。


(……どうすればいい)


視線の先。


――父は、微笑んだまま動かない。


「親父」


この空気を壊したのは、ロエルだった。


場の緊張が一瞬、音もなく揺れる。

侯爵の微笑は崩れないが、目の奥にわずかに怒りが滲む。


「俺、心に決めた人がいるんだ」


その言葉に、ざわめきが遠のく。


ラミアが、息を止めた。


侯爵は静かに首を傾げ、ゆっくりと笑みを深める。


「ほぅ。それはどこのご令嬢だ?」


「それは……」


言葉が、出ない。


目の前で、侯爵は笑っている。


――逃げ場はない。

お読みいただきありがとうございます。

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