第19話 我、ここにあり!
華やかな舞踏会、その裏で――騎士の本能と、父子の因縁が静かに火花を散らす。
「俺は?どこにいれば」
キドはルードが見える位置のまま、舞踏会の喧騒を背に端へと移ろうとした。
周囲では令嬢や令息たちが華やかに談笑し、優雅に歩き回っている。
その時、令嬢たちが次々と近づいてきた。
「公爵家で副団長をされている方ですよね、私」
「ちょっと、私が先よ」
キドは状況を理解できず、頭が真っ白になる。
え?何故俺に?
周りには高位貴族が山ほどいるのに、なぜ騎士爵である俺に声をかける?
まさか引き抜きか?
それとも公爵家の詮索か?
いや、ルード様狙いか?
――いや、それなら毅然とした態度で――
「失礼」
戦場で部下を見るように、軽く令嬢たちを見下すようにして道を開けさせる。
令嬢たちはおずおずと道をあけた。
遠くでロエルは肩を揺らして笑っている。
「あれは、下級貴族、または跡取りがいない家の令嬢なのに。令嬢達が可哀想なのか、キドが勿体無いことしたのかわからないな」
ルードとラミアはダンスを終え、キドの元へ歩み寄る。
キドは副団長の顔をしていた。
「……どうした?」
「いえ、何でもありません。戦時下だと思い、任務を全うするのみです」
ルードとラミアは首を傾げた。
しかしルードの周囲にも、令嬢たちが数人まとわりつくように近づいていた。
「あの、公爵様。私―」
「お初にお目にかかります―」
ルードは少し面倒そうに、しかし優しく令嬢たちに応対する。
「まぁ……ロエル様も令嬢達に囲まれていますね。優しくお話しされるから、常に囲まれてしまいますね」
微笑ましく眺めるラミアに対し、ルードはロエルに視線を向け心の中で否定する。
いや、それは違う。
ロエルはただ笑顔を貼り付けているだけだ。侯爵家として動くか、追い払うか、判断している最中だ。
ラミアは微笑んだまま、令嬢たちに気を配る。
「お兄様、私の事はお気になさらず令嬢達とお話ください」
それを聞き、令嬢たちは少し遠慮しつつもルードにさらに集まる。
キドはラミアを守るように前に出た。
帝国唯一の公爵であるルードから離れかけたラミアに、令息達が群がり始める。
キドは今にも襲いかかるような鋭い目線を令息達に向ける。
令息達はビクッと肩を振るわせ固まった。
(俺不敬じゃないよな?
陛下からも言われてる。そうだ、大丈夫だ。
俺は今日これ以上の負担を胃に与えるつもりはない!
さぁ離れろ!虫からどもめ。俺の胃を荒らす者は誰であっても許さん!)
あまりの気迫に令息達は後退りしていった。
令嬢たちはその様子を、思わず息を呑んで見つめる。
「……あの人、すごく厳格で格好いい……」
「まるで戦場の騎士……目が離せないわ」
少し離れた位置から、互いに小声で囁き合う声が漏れる。
キドは令嬢達の視線に気づかず、ただ前を見据えたままだった。
ルードは令嬢達の相手をしつつも、(令嬢たちの相手は、手短に済ませるべきだな)と考えていた。
ロエルは笑顔を貼り付け、穏やかに会話している。
「侯爵家のロエル様……素敵……」
「本当に、ため息が出るほど……」
小さく囁き合い、顔を赤らめる令嬢たち。表面上は優雅に振る舞い、目を見張る。
だが、その視線の端には、遠くの状況を見極めていた。
その時、空気が一瞬、凍りついた。
「これはこれは、皇女殿下。ご挨拶させていただいてもよろしいですか?」
遠くで気付いたロエルの瞳が鋭く細まる。反射的に令嬢たちは息を飲み、足を引いた。
舞踏会の華やかな音楽やざわめきが、まるで遠い世界の出来事のように消え、空間に重く張り付く沈黙だけが残る。
ルードは背筋に冷たいものを感じ、無意識に肩を引いた。
キドもまた、その存在感の異常さに息を呑む。威圧――いや、圧力にすら似たものが、体の奥まで染み渡る。
「私は、ザグル侯爵家当主、ロエルの父です」
その声は低く、しかし場内に鋭く突き刺さるように響いた。
微笑の裏に、計り知れぬ力と狡猾さを隠した瞳。立っているだけで、空気を支配する圧倒的存在感――。
その視線は、夜の舞踏会の華やかさをも一瞬で凍らせ、戦場のような緊張を生む。
誰もが息を潜め、静かに侯爵の動きを見守る。
華やかな音楽と笑顔の祝福の裏で、確実に思惑が動き出していた。
次回は番外編です。
よろしくお願いします。




