第18話 今宵、貴女と踊る栄光を
夜の舞踏会――煌めく光の中、ラミアと貴族たちが優雅に踊る。祝宴の裏には、視線と密やかな思惑が渦巻く。
夜、舞踏会
皇宮の大広間は、昼とはまるで別世界の装いを見せていた。
天井から幾重にも垂れ下がるシャンデリアが柔らかな光を降らせ、磨き上げられた床は鏡のようにそれを映す。壁際には青と白の花々が飾られ、甘い香りがほのかに漂っていた。
集うのは、帝国中枢を担う貴族と、その子弟たち。
今宵は祝賀の舞踏会――だが、この場が社交界最大の戦場であることを、彼らは誰よりも理解している。
やがて、楽団の音がぴたりと止んだ。
「皇帝陛下、皇后陛下、ならびに皇族方のご入場です」
大広間の扉が開き、皇帝を先頭に皇族が姿を現す。
皇太子、第二王子、皇女ラミア、そして側近たち。
一斉に貴族が跪く。
「陛下に、永遠のご加護を――」
皇帝は静かに頷いた。
「楽にせよ」
空気がわずかに緩む。
宰相が進み出る。
「それでは、祝賀舞踏会の始まりです。まずは皇族による、ファーストダンスを――」
その瞬間。
皇太子と第二王子が、同時に一歩前へ出た。
「俺が主役だ」
「何を言う、次期皇帝は俺だ」
「だから俺だ!」
「だから俺だ!!」
一触即発。
「……お前、女役やれ」
「は!? 何で俺が!!」
「背が高い方がリード役だろ!」
「貴様の方が肩幅広いだろ!!」
「見た目の問題じゃない!!」
「何の問題だ!!」
ルードが額を押さえる。
「……陛下、止めますか」
皇帝は深く息を吐いた。
「……いや、もういい。好きにさせろ」
結果。
二人は互いに腕を取り合い、真顔のまま中央へ。
楽団は困惑しつつ演奏を再開。
「踏むな!」
「踏まれる方が悪い!」
「そっちが女役やれ!」
「絶対嫌だ!」
――完璧に噛み合わない、地獄のワルツ。
会場は凍りつき、貴族たちは言葉を失った。
「……仲、良いんですね」
ラミアがぽつり。
「どこがだ」
ルードが即答した。
ようやく二人の意味不明なダンスが終わり、舞踏会は本格的に始まる。
音楽が変わり、貴族たちが一斉に動き出す。
「皇女殿下」
「ぜひ一曲」
「この栄誉を私に」
高位貴族の令息たちが、一斉にラミアへと殺到した。
「え、えっと……」
戸惑うラミア。
そのときだった。
令息たちが、ふっと道を譲る。
そこを颯爽と歩いてきたのは、黒に近い濃紺の正装の男性だった。
夜の光を受け、落ち着いた佇まいが周囲の視線を引きつける。
長身で均整の取れた体躯に、静かに微笑む瞳。
「今宵、貴女と踊る栄光を――
私にいただけますか?」
優雅な礼、柔らかな微笑み。整った顔立ち。
「ロエル様……!」
ラミアはほっとしたように笑い、差し出された手を取った。
名前を呼ぶと、男性は微笑みを返し、手を握り返す。
令嬢たちも、思わず息を呑む。
小声で囁き合いながら、視線をそらせない。
ラミアの笑顔とドレスの華やかさに、男性貴族も目を見張っていた。
「俺が言った通りのこと、そのままやってるじゃないですか!!」
キドが小声で叫ぶ。
「いや、ロエルは助けただけだ」
ルードは冷静に言う。
「俺たちが間に合わなかった。借りができたな」
「え……?」
キドは遠い目になる。
「俺、関係ないのに視線が痛すぎる……
うわ、息するだけで緊張する……!」
音楽に合わせ、二人は静かに踊り始めた。
「昼とは、ずいぶん雰囲気が違いますね」
「そう? ありがとう。ラミアも夜の装いがよく似合ってる」
「ふふ、ありがとうございます」
ロエルは一瞬、周囲を見渡す。
その目が、ほんの刹那、鋭く細まった。
「……大丈夫。次は、ルードと一緒にいな」
穏やかな笑顔。
「……はい」
やがて曲が終わる。
入れ替わるように、ルードが歩み寄る。
「ラミア、疲れていないか?
これが終わったら、少し休もう。
さすがに令息たちも、連続で誘いはしないだろう」
「はい」
満面の笑み。
「……俺は?」
キドがぽつり。
「端で息してろ」
「扱い雑すぎません!?」
キドは心の中で絶叫する。
「俺、完全に置いてけぼりじゃん!!
しかも関係ないのに視線が痛すぎる……!」
――その瞬間、令嬢たちがざわりと声を潜める。
「……あの人、かっこいい……」
「本当に……美しい姿……」
「侯爵家のロエル様よ」
キドは目をひん剥く。
「嘘だろ!? あれが!?
騙されてる……!いや、可哀想に……!
どう考えてもあれ、過大評価だろ!!」
令嬢たちは怪訝な顔でキドを見つめる。
「何この人……?」
キドは視線をそらすこともできず、心の中でさらに絶叫した。
その背後、ロエルは少し離れた場所から杯を傾けていた。
視線の先には――ザグル侯爵。
貴族たちと談笑しながら、着実に皇族へ距離を詰めていくその姿。
(……始まったな)
華やかな音楽と笑顔と祝福。
その裏で、確実に動き出す思惑。
今宵の舞踏会は、ただの祝宴では終わらない。
いつか、社交界デビューしてみたい。




