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天然皇女と3MENたち  作者: angelcaido
2章 皇宮へGO
17/21

第17話 決戦は火蓋を切った

初夏の皇宮。華やかな庭園と厳粛な祝賀会の合間、社交界の“戦場”に胃を痛めるキドと、呑気なルード&ロエルのやり取り。束の間の休息で笑いと平和。

初夏に差し掛かる頃。

皇宮は青い花々と、若葉を纏った木々に彩られていた。

風が吹くたび、花弁が静かに揺れ、白い石畳に淡い影を落とす。


この日は、帝国にとって節目となる記念祝賀会。

午前は、厳粛な式典が執り行われる。


玉座の前、皇帝がゆっくりと立ち上がった。

広間は、衣擦れの音ひとつ許されない静寂に包まれる。


「本日、この場に集う者すべてに告げる」


老いを帯びながらも、声には衰えがない。

皇帝は、帝国の歩みと、これから先に託す未来について簡潔に語った。


そして、隣に立つ皇太子へと視線を向ける。


「次は、お前の言葉だ」


一歩前に出た皇太子は、深く一礼した。

その立ち姿に、迷いはなかった。


「帝国の未来は、皇帝一人のものではありません。

民と、歴史と、そして責任の積み重ねです」


静かな声だったが、広間の隅々まで届く。


「私は、次期皇帝として、この国を背負う覚悟をここに誓います」


言葉を終え、再び一礼する。


その後、皇帝は侍従に合図を送った。

銀の盆に載せられて運ばれてきたのは、小さな宝玉だった。


澄んだ青。

光を受けると、深海のような色を湛えている。


「これは、帝国が生まれた時より、直系にのみ受け継がれてきた宝玉だ」


皇帝は自らそれを取り、皇太子の前に立つ。


「即位を意味するものではない。

だが――次に帝国を託す者の証だ」


皇太子は片膝をつき、両手で宝玉を受け取った。


その瞬間、広間に集うすべての者が理解した。

この宝玉が渡された意味を。


皇帝は静かに告げる。


「帝国は、次の時代へ向かっている」


重々しい拍手が、ゆっくりと広間を満たしていった。



午後、皇宮の庭園ではガーデンパーティが始まっていた。


白い天幕の下、整えられた卓に軽食と飲み物が並ぶ。

集まっているのは数としては多くない。

皇室と縁の深い貴族、皇宮で要職に就く者、そして今回の不穏分子の件で功績を挙げた者たち――

選ばれた顔ぶれだった。


「お兄様」


明るい声に、ルードが振り返る。


淡いピンクのドレスを纏ったラミアが、花の間を縫うように歩いてくる。

初夏の光を受け、その姿は庭園に咲く花が一輪増えたかのようだった。


「元気だったか、ラミア。ドレスもよく似合っている」


ルードは柔らかく微笑み、労わるように声をかける。


「もう、お兄様。そんなに久しぶりでもありませんよ」

ふふっと笑い、

「でも、お兄様とキド様の濃い色の正装のおかげで、庭園が引き締まって見えます」


「そ、そうでしょうか」

キドは落ち着きなく周囲を見回しながら答える。

「人もまだ少ないですし……今のところは、まだ落ち着いています」


「もう少し落ち着け」

ルードが低く言うと、キドは小さく肩をすくめた。


「よ」


気の抜けた声とともに、ロエルが現れる。


淡いブルーの正装は、庭園の色と不思議なほど調和していた。


「ロエル様」

ラミアが微笑む。


ロエルは一歩進み、周囲の視線を意識してラミアの手を取り、優雅に唇を落とす。


「皇女殿下に拝謁いたします」


顔を上げ、軽く目を細める。


「……元気そうだな」


「今はねー」

ルードに向けて、ロエルは気楽に笑った。


「この後が本番だろう?」

ロエルが言う。


「え、この後、何かあるんですか?」

キドが思わず口を挟む。


ルードとロエルは顔を見合わせ、

ほぼ同時に言った。


「晩餐会だ」

「戦争が始まるな」


「戦争……」

キドの顔色が一気に青ざめる。


「戦争って。確かに戦争かー」

ロエルは楽しそうに肩を揺らして笑った。


ラミアは笑顔のまま、少し不思議そうに三人を見上げる。


そのときだった。


静かなざわめきとともに、皇帝が庭園に姿を現す。

周囲の空気が、目に見えて引き締まった。


「陛下」


ラミアはすぐに姿勢を正し、深く一礼する。

声音も、先ほどまでとは違う。


「久しいな、ラミア」

皇帝は穏やかに言った。

「変わらず元気そうで何よりだ」


「はい、陛下。

この庭園も、とても美しく整えられています」


「そうだな」


皇帝は頷き、次にルードへと視線を向ける。


「よく支えている」


「恐れ入ります」


ルードは簡潔に頭を下げた。


その少し後ろで、ロエルは自然に一歩距離を取る。

皇族の会話から外れ、場を見渡す位置へ――

このまま静かに下がるつもりだった。


「待て」


皇帝の声に、ロエルは足を止めた。


「ロエル・ザグル」


名を呼ばれ、ロエルは一礼する。


「先の不穏分子の件」

皇帝ははっきりと告げる。

「被害を最小限に抑え、芽を断った。

結果はすでに、宮中でも広く知られている」


一瞬の間。


「帝国にとって、有益な働きだった」


それは賞賛であり、同時に試すような言葉でもあった。


「……身に余るお言葉です」


ロエルは表情を崩さず、そう答える。


それ以上、皇帝は何も言わなかった。

だが、その沈黙こそが、評価の重さを物語っていた。


やがて、会話が途切れるのを待つように、

高位貴族の令息たちが、少しずつラミアの周囲へと集まり始める。


礼儀正しく、距離を保ち、

しかし明確な意図を含んだ視線。


これは「尊敬」ではない。

明確な――アプローチだ。


ラミアは変わらぬ笑顔で応じていた。

その無垢さが、時に危うさを孕むことを知っているのは、政治の場に身を置く者たちだけだった。


それを見守る三人の表情は、それぞれ違う。


ルードは警戒するように視線を走らせ、

キドは早くも胃を押さえ、

ロエルは少し離れた場所から、静かに目を細めていた。


夜には、舞踏会が控えている。


この穏やかな庭園の空気が、

次の局面へ向かうための幕間に過ぎないことを、

理解している者は――まだ少なかった。



皇宮の一角、来賓用休憩室。


重厚な扉が閉まった瞬間――


「……っっっ、無理です!!!」


キドが三歩も歩かないうちに長椅子へ崩れ落ちた。


「無理とは」

ルードが淡々と尋ねる。


「全部です!!」

キドは仰向けになり、片腕で目を覆う。

「視線! 間! 沈黙! 笑顔の裏の値踏み!!

あれ全部、無言の尋問じゃないですか!!」


「今さら気づいたのか」

ロエルが窓辺から言った。


「気づきたくなかったです!!」


キドは勢いよく起き上がる。


「だってガーデンパーティですよ!?

花! お茶! 和やか!

なのに全員、目だけは戦場の兵士でした!!」


「正しい」

ロエルが即答した。


「正しいんですか!?」

「社交界は戦場だ」

ルードも重ねる。


「もうその単語禁止にしてください!!」

キドは胃のあたりを押さえた。

「俺の胃が耐えられません!!」


ロエルは思い出したように口を開く。


「そういえばさっき」

「皇太子殿下と第二王子殿下が――」


「はい、やめましょうその話!!」

キドが即遮る。


「まだ何も言ってない」

「言わなくても分かります!!」


ロエルは愉快そうに続けた。


「『次は俺が勝つ』」

「『前回は俺の勝ちだ』」

「『では夜に決着を』」


「……」

キドはゆっくり横になる。


「この国、大丈夫ですか?」


「問題ない」

ルードが即答する。


「えっ」


「皇帝陛下がいる」

「……ああ……」


キドは納得したように天井を見つめた。


「次期皇帝に指名されたのに、

中身は対決バカ二人……」

「詐欺では?」


「詐欺じゃない」

ロエルが言う。

「仕様だ」


「仕様なんですか!?」

「長年の」

ルードが補足する。


キドは小さく震えた。


「陛下、よく胃が無事ですね……」

「慣れだ」

「楽しんでいる節もある」

ロエルが言う。


「最強じゃないですか皇帝陛下!!」


しばし沈黙。


やがてキドは力なく呟く。


「……庭園よりは、ここ天国です」

「誰も俺を値踏みしない……」

「視線が優しい……」


「椅子だぞ」

ルードが言う。


「椅子ですら優しい……」


ロエルは扉の方をちらりと見て、にやりと笑った。


「まあ」

「今のうちに休め」

「夜は――」


「舞踏会」

ルードが続ける。


「戦争」

ロエルが被せる。


「やめてください!!」

キドが悲鳴を上げた。

「言葉だけで胃にダメージ入るんです!!」


二人は顔を見合わせ、ほんの一瞬だけ笑った。


休憩室に、束の間の平和が戻る。


なお、この平和が終わる時間を、

キドは胃の痛みで正確に把握していた。




お読みいただきありがとうございます。


次回は夜の舞踏会です。

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