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天然皇女と3MENたち  作者: angelcaido
2章 皇宮へGO
15/19

第15話 ご乱心召された副官

胃痛騎士、限界突破。なお、皇女は気付かない。

庭園の一角。

いつもなら澄んだ空気が流れるその場所で、今日は何かが決定的におかしかった。


——原因は、ただ一つ。


「……殿下」


珍しく、キドのほうから声をかけたからだ。


「キド様、私に何かご用ですか?」


愛らしい微笑みを浮かべるラミア。

その仕草に、キドのこめかみがぴくりと跳ねる。


「……そういうところです」


周囲の女官と騎士が、はっきりと異変を察知する。


だが、キドは止まらない。


ラミアは不思議そうに首をかしげる。

その無自覚さが、さらにキドを追い詰めた。


「城内ならまだいい。問題は外です」


一歩、近づく。


「祝賀会で、今のように」


さらに一歩。


「無防備に」


さらに。


「人を信じて」


そして――

キドは、ラミアの両肩をがしっと掴んだ。


「――それをされると、非常に困るんです」


目が、完全におかしい。

冷静沈着な副官のそれではない。


「お願いします」


声が、震えている。


「本当に……お願いします」


ラミアはぽかんとしたまま。


「え、えっと……?」


その瞬間。


「キド様!!」

「失礼します!!」


女官と騎士が一斉に動いた。


「皇女殿下から離れてください!」


引き剥がす――はずだった。


「邪魔をするな」


キド、本気。


騎士二人を流れるように制圧し、再び距離はゼロ。


「殿下」


今度は、半泣きだった。


「どうか……どうか……」


両手を合わせ、


「自覚を持ってください……!」


周囲は完全に凍りつく。


遠くで、誰かが小さく呟いた。


「……キド様、限界だ……」



「――キド?」


ルードの声。


キドは振り返り、魂が抜けたような顔になる。


ラミアはようやく事態を察し、小さく呟いた。


「……私、何かしてしまいましたか……?」


キドは崩れ落ちるように膝をつき、


「……はい……」


と、絞り出した。


その場にいた全員が、心の中で同時に思った。


――この副官、今日で寿命が縮んだな。



その夜。

キドは休養を命じられ、城内には別の噂が広がる。


「……ぶつぶつ聞こえるらしいぞ」

「寝室から……」


ラミアは、心配そうにその扉の前に立っていた。万一に備え、廊下には異様な数の騎士が配置されている。


「……ここまでしなくても……」


「念のためでございます」


女官に促され、扉を開ける。


キドは眠っている――ように見えた。


「……お願いです……」


寝ぼけたまま、呟く。


「……男を……寄せないで……ください……」


沈黙。


空気が、完全に止まる。


次の瞬間。


「――っ!!」


完全覚醒。


ラミアを引き寄せ、肩を掴み、揺らす。


「お願いします……!」

「天使でも、妖精でもいい……!」

「だから……!」

「小悪魔には……ならないでください……!!」


「――っ、誰か!!」


騎士が飛び込み、即座に制圧。


それでも。


「本当に……お願いします……!!」


押さえつけられながら、涙目で、必死に。


ラミアはベッドの上でぽかんとしながら、ようやく理解した。


――キド様はお疲れなのね、と。

(だいぶ重症だけれど)



報告を受けたルードは、顔を覆った。


「……つまり」


指の隙間から低い声。


「寝ぼけてラミアを揺さぶり、小悪魔になるなと懇願した、と」


沈黙。


次の瞬間。


「っははははははは!!」


ロエルが腹を抱えて笑った。


「限界突破しすぎ!!」


「……お前のせいでは?」


「いや、お前のせい」


即答。


ルードは深くため息をつく。


「……今すぐ医師を呼ぶ」


執務室には、

頭を抱えるルードと、

腹筋を壊しそうなロエルの笑い声だけが、しばらく響いていた。



キドは復活した。

——医師の診断上は。


公爵家お抱え医師の的確すぎる処方と、

使用人たちの「これは本気で支えないとまずい」という一致団結の成果だった。


ただし、以前と同じではない。


「殴ってください。

ええ、今すぐ。できれば二人がかりで」


あまりに真っ直ぐな要求に、

ルードとロエルは同時に言葉を失った。


「……は?」

「……は?」


「いや、記念祝賀会の為に気合いを入れたいんです」


キドは顔を上げ、真剣な目で言い切る。


「どうぞ。遠慮なく。

むしろお願いします」


殴るに殴れない空気が、執務室に沈殿する。


「本気です」とでも言うように、キドは一歩前に出た。


「さあ。どうぞ」


「……落ち着け」


ロエルがため息混じりに言い、軽くキドの頭にゲンコツを落とした。


「これでいいだろ」


「足りません」


即答。


ロエルが思わず一歩引く。


「いや、無理」


ルードはとうとう頭を抱えた。


「……なんなんだ、こいつは」


怒りとも呆れともつかない沈黙が、執務室を支配する。


やがてキドは踵を返し、扉へ向かいながら言った。


「騎士団で殴られに……いえ、鍛えに行きます」


そのまま、何の迷いもなく出ていった。


残された執務室。


ルードとロエルは、しばらく無言で立ち尽くし――


「……」

「……」


一瞬だけ視線を交わし、


同時に、深く引いた。



その数十分後。


騎士団の訓練場。


空気が、妙に重い。

理由は一つ――キドがいるからだ。


いつもなら活気のある訓練場に、

今は説明のつかない緊張が漂っている。


キドは無言で外套の留め具を外し、肩から滑らせた。


厚い布の下から現れた、鍛え上げられた逞しい身体に、

訓練場中の視線が一斉に集まる。


「さあ、来い」


平然と前に立ち、言う。


「遠慮すんな。殴れ」


騎士たちが、一斉に硬直した。


(無理だろ)

(殴れるわけがない)

(そもそも強すぎる)


キドは、当然その辺の騎士より遥かに強い。


しかも屋敷内での地位は上位。

目の前にいる騎士たちは、全員が格下だ。


「……あの、キド様」


若い騎士が、恐る恐る声をかける。


「訓練でしたら、模擬戦という形で――」


「いいから殴れって」


即答。


「拳でいい。遠慮すんな」


一歩、踏み出す。


騎士たちが、反射的に半歩下がる。


「……足りねぇな」


さらに距離を詰める。


「さっきから、全員ぬるい」


怯えが、はっきりと顔に出る。


誰も不満を口にしない。

しないが、表情には書いてある。


――来ないでほしい。


結局その日、

誰一人としてキドを殴る者はいなかった。


その空気に、ついに耐えきれなくなった男がいた。


「しょうがねぇな。俺が殴ってやるよ」


ロエルが拳を振り上げる。


――が、止められた。


「やはりロエル様に殴られるのは腹が立ちます。殴らせてください」


「何でそうなるんだよ!!」


逃げるロエル。追うキド。


遠くから見ていたルードは、疲れた声で呟いた。


「……俺も休暇を取るべきかもしれん」

お読みいただきありがとうございます。

胃を大切に。

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