第13話 Shall we ワルツ?
手に触れようとしてくる天然皇女。男達の反応は――癒され、暴走し、胃を痛める。今日も平和。無自覚少女と三人の男達。
かつての戦場 駐屯地
キドは背中に手を当て歩いていた。
気付いた兵士たちは、一歩下がり、キドに頭を下げて道を開ける。
戦場という環境下で、キドの目は常に鋭く光る。
話しかける者は誰もおらず、敵ですら一歩後退るしかなかった。
たとえ一人で多数の敵に立ち向かう場面でも、キドは怯むことも、後ずさることもない――まさに戦場の化身だった。
公爵家 廊下
キドは背筋をピンと伸ばしたまま、上着で隠しきれない筋肉を震わせ、後ずさっていた。
廊下の壁にぶつかり、頭・肩・背中・手・腰・踵を全て壁にくっつけるようにして後退する。
「神様、どうか俺を、今だけ壁にしてください…!」
その脅威の対象は――筋肉隆々の騎士でも銃でもなく、背も低く、腕力も見た目も華奢な天使のような少女。
「あの、キド様…」
頬にほんのり朱を差し、上目遣いで見つめられるキド。
キドは必死に顔を背け、壁と同化する勢いである。
「…俺は、壁です…壁なんです…」
使用人たちは遠巻きに、その異様な光景を見守っていた。
「えっと…キド様、握手していただけませんか…?」と手を差し出した。
キドは思わず悲鳴を上げ、背伸びして両手を天井方向にピンと伸ばす。
「ヒャッ!」
ラミアは少し戸惑い、悲しそうに目を伏せる。
「…お嫌ですか?すみません。騎士さんか使用人さんにお願いしてみます…」
振り返ろうとしたラミアの手を、キドは力強く掴み、引き寄せる。
その反動でラミアは後ろに反り、キドの胸に倒れそうになる。
キドはラミアの手を握ったまま、くるりと回す――まるでワルツのターンのように優雅に止まった。
ラミアは驚き、でも目に少し微笑みが浮かぶ。
「使用人?騎士?違う。それなら俺と握手しましょう。いくらでも。」
大きな両手で、華奢なラミアの手を包み込む。
痛くない程度に強く握るその光景は、まるで条約の締結のような“硬さ”だった。
ラミアは微笑む。
「俺は壁になりたい…! 天井になりたい…! いや、床でもいい…! とにかくこの手を握らずに済むなら何でもいい…!!」
キドは心の中で叫んでいた。
遠巻きの使用人たちはザワザワと、笑いと驚きが混ざった声をあげている。
誰もが、皇女との“握手”に泣きながら耐えるキドの異様な姿に目を奪われた。
執務室
ラミアはにこにこと笑顔を浮かべながら、ルードの元にやって来た。
「お兄様、握手してください」
ルードは少し眉を上げたが、可愛い妹の頼みとあらば躊躇せず手を差し伸べる。
「構わないぞ」
大きな手が自分の手を包み込む感覚に、ラミアは心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
普段は険しい顔の多いルードの、こんな柔らかな表情を見るのは久しぶりだった。
近くにいた女官は頬を赤く染め、男性使用人は目を逸らさずにはいられない様子で、ラミアの心はくすぐられるように嬉しくなる。
「お兄様の手はずっと大きくて…今も昔もあったかくて、安心します」
ルードは少し照れくさそうに口元に手を当て、柔らかく微笑む。
「そうかそうか」
「小さな頃から、お兄様が手を引いて歩いてくれて、私はいつもあったかい気持ちでした」
「そうだったな…よく皇宮内を散歩したり、図書館に行ったりしたものだ」
「はい。私にとって、素敵な思い出です」
「そうかそうか…」
ラミアはルードの手のぬくもりに触れながら、胸の奥がほんのり温かくなるのを感じた。
ルードもまた、この小さな握手から幸せを感じているのだろうか、と考えた。
窓から差し込む午後の光が、二人の影を優しく揺らす。
その光景に、ラミアの心は穏やかで満たされていた。
公爵城 北門前
「……で、ですが……」
ロエルは鋭く睨みつけながら
「同じ事を何度も言わせるな」と冷たく言った。
遠くからラミアの姿が見える。
「もう行け」
「あ、あの……」
「聞こえなかったのか?
いいから行け」
ロエルは苛立ちを隠せず吐き捨てた。
使者は仕方なく帰って行った。
ラミアが近づいて来る。
「ロエル様」
ロエルはふぅ、と軽く息を吐き、表情を緩めて振り向いた。
「どうした?」
「お知り合いが来られてたのですか?」
「いや、道に迷ってたみたいだったから教えてあげただけだ」
ラミアは少し頬を赤くし、微笑む。
「まぁ、ロエル様、お優しいですね」
ロエルは肩をすくめて
「……ところで、俺に何か用?」
「はい、あの……」
恥ずかしそうに俯き、少し手をもじもじさせる。
ロエルは笑顔を保ったまま、じっとラミアを見つめる。
「私と、握手してください」
ロエルは一瞬目を見開いたが、すぐに柔らかく笑い
「いいよ。握手しよう」と手を差し出した。
ラミアは少し照れながら、その手を握る。
「ありがとうございます」
「…………?」
ロエルは笑顔を保ったまま沈黙し、
「えーと……なんで、握手しようと思ったんだ?」
「あ、あの、女官の方達が会話してらして……
握手をすると、より仲良くなれる、と」
「んー……そうなんだ」
ロエルは笑顔のまま女官達を振り返る。
女官はびくっと肩を揺らし、慌てて視線を逸らした。
ロエルは目だけで
(後で説明してもらうよ)
と告げたようだった。
「でも、握手だと歩きにくいな……」
そう言って、ラミアの手に指を絡め、自然に手を繋ぐ。
軽く手を重ねるだけでも、確かな存在感を感じる。
ラミアは少し戸惑ったようにロエルを見上げ、頬をうっすら染めた。
「お兄様とは、このように繋いだ事はありません」
「うん。この繋ぎ方は、本当に仲良くないと
しちゃいけないって思ってる」
「だからラミアも、俺とだけ
この繋ぎ方をしてほしいな」
「お兄様は……」
「ルードとは、いつもの繋ぎ方を
ルードとラミア、二人だけのものにすればいい」
ラミアは花が咲くような笑顔になり、少し照れたように小さく笑う。
「そうですね。それだと、本当に仲良しですね」
「ね。仲良しだね」
そう言って、屈託なく笑った。
その頃、キドは他の女官から事情を聞いていた。
女官たちが、男性と仲良くなったかどうかの判断は「手が繋げるかどうか」だと話していたらしい。
その話の一部をラミアに聞かれ、慌てた女官たちは
「握手をすると仲良くなれる」と誤魔化したのだという。
女官や女性使用人との握手を終え、次に男性に視線を向けたところで、女官たちはようやく事の重大さに気づいた。
キドは頭を抱え、心の中で
「全く……注意しなければ……」
と思いながら、皇女殿下付きの女官に文句を言いに向かう。
――しかし。
キドが呆然と立ち尽くす先で、女官たちは正座させられ、ロエルに説教されていた。
「君たちね。わかるだろ? 騎士や男の使用人に向かったら、どう責任を取れるわけ?」
「すみません……」
キドは胸を撫で下ろしたが、
しばらく状況を理解できず、ぽかんとしたまま立ち尽くしていた。
ルードはラミアの手を包み込み、ほんのり残る幸福感を胸に抱えて執務に向かう。
キドは壁に片手をつき、もう片方で胃を押さえる。
「……俺は、ただ壁になりたかっただけなのに……」
それでも止まらない。
「結果、俺は引き寄せた。力強く。無駄に綺麗な回転で」
騎士「……ワルツのようでした」
「見るな」
「最後は、条約締結みたいな握手だ。両手で、がっちりと」
騎士「それは……おめでとうございます?」
「違う。胃が死ぬ」
別の騎士が小声で近づく。
「副団長、ロエル様の件ですが」
「……ああ」
「手、繋いでましたね」
「見たのか」
「はい」
「……何本見た」
「指ですか?」
「そうだ」
「普通に、男の手でしたが」
「だろうな」
「筋張ってました」
「だろうな!」
頭を抱え、キドは心でつぶやく。
「俺の胃の半分はロエル様、残りは殿下とルード様……今日も平和だな」
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次回から新章に入ります。
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