第1話 皇女が城にやって来た
はじめまして。
この物語は、天然すぎる皇女と、振り回される三人の男たちの、
ちょっと笑えて、たまに胸がじんわりする異世界ファンタジーです。
重すぎず、難しすぎず、気軽に楽しんでいただけると嬉しいです。
プロローグ
つむじ風が吹きすさぶこの日、皇宮からの一台の馬車が公爵家の前に止まった。
御者が扉を開くと、中から舞い降りたのは――後に「天使」と称されることになる(もちろん、悪い意味で)――皇女ラミアだった。
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執務室の扉は重厚で、開けるたびに静寂の空気を押し広げる。
ルードは深く椅子にもたれ、肩越しに部屋の隅まで視線を走らせながら、静かに息を吐いた。
「これで最後か?」
「ああ、これ以上は何もない」
ロエルは肩をすくめ、ゆったりと椅子に腰を落とす。
長かった……視界に並ぶ書類と、過去数日の騒動を思い返し、自然と小さく笑みが零れた。
「皇太子と第二王子の覇権争いだけで充分なのに、不穏分子まで現れるなんて……面倒くさくてたまらねぇよ」
鼻で笑い、肘を肘掛けに預ける。微かな疲労の影も見える。
その背後で、キドが頭に手を当て、こっそりため息をつく。
ルードは少し眉をひそめた。
「……どうした? 何か別の問題でもあるのか?」
ルードはゆっくりと顔を上げ、言葉を選ぶように口を開く。
「数日前から、皇女ラミア殿下の避難先がこの城になった」
ロエルの眉がわずかに動く。
「皇女? 避難、ってやつ?」
「ああ。皇太子たちの影響で、警戒心や距離感がまだ育っていない。天然で、人が寄ってきても距離を気にしない」
ルードの声には、かすかな苛立ちと憂いが混じる。
キドは小さくため息をついた。
「なるほど……」
ロエルは眉間に皺を寄せ、静かに呟く。
「俺はラミアとも一緒に育った。年齢は少し違うが、幼い頃はよく遊んだ仲だ」
その瞳には、一瞬の懐かしさが揺れる。
控えめなノックが響く。扉の隙間から、ラミアの顔が覗いた。
「……あっ、お邪魔でしたか?」
声はかすかに震え、頬は淡く紅に染まる。
「いや、大丈夫だ」
ルードは静かに答え、ラミアを安心させる。
ラミアはゆっくり身をかがめ礼をする。
「あの……ご挨拶させていただければと……」
長い髪は光を受けて艶やかに輝き、瞳は宝石のように澄んでいる。
華奢な体には少女らしい柔らかさと豊かさが混ざり合っていた。
ロエルは首をかしげ、ルードとキドを見やる。
……何の問題が?
ロエルは優雅に胸に手を当て、一礼する。
「皇女殿下に拝謁いたします。ロエル・ザグルと申します」
そして、軽く彼女の手に唇を落とす。
普通の令嬢なら赤面して、思考が止まる所作だ。
「まぁ、ザグル家といえば名門ですね。きっとロエル様のような素敵な家門なんでしょうね」
ラミアは尊敬を込めて微笑む。
(……うちの家門、かなり悪名高いはずだが……)
ロエルは心の中でつぶやき、手を離すのを忘れていたことに気づく。
ラミアはその手を両手でふわりと包む。
「お兄様のお友達ですもの。私も親しくさせていただければ、嬉しいです」
頬を赤らめ、視線を少し落としながら、少女らしい恥じらいを見せた。
ラミアが部屋を出ると、沈黙が執務室を支配する。
紙の香りと、僅かに残った暖炉の匂い。午後の光が床に長い影を落としている。
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ロエルは肩の力を抜き、柔らかく笑った。
「そのままでも良いじゃん。世間のしがらみも、闇も、汚れも知らないんだろ? 可愛いじゃん」
その軽口に、キドは思わず声を荒げた。
「ええ、そうですよ! あの方は天使です! ですが、ここは天界じゃない!
地上で迷子になってる天使です!」
ルードは鋭い視線でロエルを睨む。
「ロエル、相手は皇女殿下だ……手を出すなよ?」
口元に皮肉な笑みを浮かべるロエル。
「どの意味で?」
ルードの瞳が鋭く光り、声を低く張り上げる。
「どの意味でもだ!」
肩をすくめ、飄々とした態度のまま、ロエルは微笑を崩さない。
「えぇー? そんなふうに言われると、期待に応えたくなっちゃうじゃん」
「ロエル!」
ルードは強く牽制し、机に拳を打ちつける。
ロエルはゆっくりと体を起こし、冷たい笑みに変わった。
「あんまり煽るなよ」
その瞬間、ルードの体に緊張が走り、心拍が速くなる。
キドは胃を押さえ、息を止めたくなるほどの圧迫感を覚えた。
二人の間の空気――軽やかに見えて実は鋭い刃のように張りつめている――を、体全体で感じ取っていた。
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しばし、執務室には重く、張り詰めた沈黙が漂った。
その空気を先に破ったのはロエルだった。
「いやー、今まさに皇室依頼の不穏分子を、皇室縁者の公爵家で終わらせたばかりなのに……」
肩をすくめ、飄々と笑う。
「早速、不敬も謀反も起こさないだろ? ハハハ!」
キドは胃を押さえ、顔色が青ざめた。
「……物騒すぎます……」
ルードは机に手を置き、冷静を装う。
「まぁ、お前は損得で動く奴だからな……そういう意味では、安心……か」
「お前、俺を何だと思ってるんだ?」
ロエルは肩をすくめ、ふわっと笑う。
声のトーンを落とし、少し切なげに。
「……俺だって、気に入った女の一人くらいはいるよ」
ルードとキドは息を飲む。
「そうなのか? どこのご令嬢だ?」
ルードの目が鋭く光る。
ロエルは微笑を浮かべ、遠くを見るように言った。
「……恥じらいがあって、可愛くて、純粋で、世間の汚さを知らない……」
キドは目を丸くしてロエルを見つめ、胃がさらに痛む。
心臓も一瞬止まったかのようだ。
ロエルは肩をすくめ、軽く笑いながら口を開く。
「天使みたいな……」
その瞬間、堪えきれず笑いが爆発。
「ハハハハハ!」
「ロエル!」
ルードは椅子から立ち上がり、真剣な怒りを全身にまとって叫ぶ。
「え、怒った?」
ロエルは焦ったふりをして、椅子の後ろに逃げる。
「いやいや、そんな怒ることないでしょ~」
キドは額に手を当て、胃を押さえながら呻く。
「もう……心臓も胃も持ちません……!」
執務室には笑い声、怒号、そしてキドの絶叫が入り混じる。
暖炉の残り火が揺れるたび、三人の影も大きく踊る。
――公爵家の執務室に、平和な日常とカオスが同居した瞬間だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ラミアと三人の男たちは、これからさらに騒がしく、
そして少しずつお互いに影響を与えていきます。
ギャグ多め、時々シリアス、たまにほんのり甘め――
そんな雰囲気で進めていく予定です。
次話もお楽しみに。




