相殺の結果
翌朝。
想槍剛は、
無意識にニュースを探していた。
【高速道路で多重事故 2名重傷】
それだけの見出しだった。
死亡者なし。
第三者の巻き込みなし。
飲酒・薬物反応もなし。
原因は、
「車線変更時のトラブル」。
どこにでもある事故だ。
想槍は、
ゆっくりと息を吐いた。
――最悪は、避けられた。
会議室では、
古谷直也が短く総括する。
「成功だ」
小谷とおるが、
モニターを切り替える。
「二人とも、
免許は取り消し」
「再起不能ってほどじゃないが、
もう高速には戻れねぇ」
田村しずくが、
小さく頷いた。
「……これで、
誰かが死ぬ可能性は、
一つ減りましたね」
想槍も、
同じことを考えていた。
これが、
相殺。
正義ではない。
だが、
間違いでもない。
そう思おうとした――
そのときだった。
⸻
予定外の電話
昼過ぎ。
想槍の内線が鳴った。
この部署に来てから、
初めてだった。
「想槍さん、
電話です」
事務的な声。
「……誰からですか」
「一般の方です。
番号、
悩み110番の回線です」
胸が、
嫌な音を立てた。
古谷は不在。
小谷は別室。
田村もいない。
想槍は、
一瞬だけ迷い、
受話器を取った。
『……もしもし』
『あの……
突然、すみません』
女性の声。
若くはない。
だが、
震えている。
『こちら、
悩み110番でしょうか』
――違う。
もう、
自分はそこにはいない。
だが、
口が勝手に動いた。
『……はい』
『あの……
今朝の事故で』
心臓が、
一拍、遅れた。
『主人が、
巻き込まれまして』
想槍は、
何も言えなかった。
『命は助かったんです』
安堵の言葉のはずなのに、
声は、
泣いていた。
『でも……
あの人、
ずっと荒れてて』
『最近、
運転中に
誰かと揉めるって、
何度も……』
想槍の脳裏に、
ドライブレコーダーの映像が蘇る。
『私、
止めなきゃって
思ってたんです』
『でも、
聞いてもらえなくて』
沈黙。
『……これって』
女性は、
言葉を探していた。
『誰かが、
悪かったんでしょうか』
その問いは、
想槍に向けられたものではない。
だが――
逃げ場はなかった。
『分かりません』
そう答えるしかなかった。
『そうですよね……』
『でも、
もし――』
声が、
一瞬だけ、
強くなる。
『もし、
誰かが、
ちゃんと止めてくれてたら』
『こんなことには、
ならなかったのかなって……』
その言葉が、
胸に突き刺さった。
――止めた。
止めたつもりだった。
『……奥さま』
想槍は、
絞り出すように言う。
『今は、
ご主人のそばに
いてあげてください』
『……はい』
電話が、
切れた。
想槍は、
受話器を置いたまま、
動けなかった。
成功したはずだった。
理論上、
正しかった。
それでも――
確かに、
誰かの人生は壊れていた。
古谷直也の言葉が、
頭をよぎる。
「相殺だ。
善でも悪でもない」
だが、
想槍剛は、
初めてはっきりと思った。
――これは、
誰かの声を、
切り捨てる仕事だ。
そしてその声は、
必ず、
自分のところに戻ってくる。




