煽る者たち
会議室のモニターに、
二つの映像が並んだ。
どちらも、
ドライブレコーダーの映像だった。
「煽り運転案件だ」
古谷直也が言う。
小谷とおるが、
操作を引き継ぐ。
「一人目。
三十二歳、会社員」
画面には、
高速道路を走る車。
前方の車に異様に接近し、
クラクションを鳴らし続けている。
「常習犯だな。
通報歴、四件。
注意止まり」
次の映像に切り替わる。
「二人目。
四十歳、自営業」
今度は逆だ。
後続車に対し、
意味もなく急ブレーキを踏む。
「こっちは、
“制裁型”」
田村しずくが、
静かに補足する。
「煽られた経験があり、
それ以降、
自分もやるようになった」
想槍は、
黙って映像を見ていた。
どちらも、
どこにでもいる人間だ。
ニュースにならない。
誰かが死んだわけでもない。
「この二人を、
同じ時間、
同じ場所に走らせる」
古谷の声は、
感情を含まない。
「偶然、
互いを煽り合う状況を作る」
「結果は?」
想槍が、
初めて口を開いた。
小谷が、
肩をすくめる。
「事故る可能性が高い」
「死ぬとは、
限らない」
「でも、
どちらかが大怪我をするか、
両方、
免許を失う」
田村が、
視線を落とす。
「少なくとも、
もう二度と、
同じことはできなくなる」
想槍は、
胸の奥がざらつくのを感じた。
「……止める選択肢は?」
古谷は、
即答した。
「ない」
「この二人は、
これまで何度も警告を受けている」
「それでも、
変わらなかった」
沈黙。
想槍の頭に、
相談者の声が浮かぶ。
――誰かが、
止めてくれたら。
「これは……
救いなんですか」
思わず、
口に出ていた。
古谷は、
想槍を見る。
「相殺だ」
「善でも、
悪でもない」
「社会にとって、
マイナスが増えないための処理だ」
処理。
その言葉に、
小さな寒気が走る。
小谷が、
モニターを拡大する。
「場所は、
この合流地点」
「事故率が高く、
記録も曖昧になりやすい」
「……偶然、
ですね」
想槍が言うと、
小谷は薄く笑った。
「偶然しか、
使わねぇよ」
田村が、
小さく呟く。
「被害者が出ないと、
いいですね」
誰も、
それに答えなかった。
古谷が、
最後に言う。
「想槍。
君は、
この案件の“声”を担当しろ」
「煽られる側の恐怖も、
煽る側の歪みも、
両方だ」
想槍は、
ゆっくり頷いた。
この仕事は、
誰かを助ける仕事ではない。
だが――
放置すれば、
いつか無関係な誰かが、
巻き込まれる。
それだけは、
確かだった。
「……分かりました」
そう答えた瞬間、
想槍剛は、
初めて“相殺”に加担した。
そしてまだ、
知らない。
この小さな案件が、
後に――
人類が滅びかける思想の、
最初の一歩だということを。




