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相殺式  作者: 冴白
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招かれざる配属

配属替えから三日後。


想槍剛は、

何も鳴らない机に座っていた。


電話もない。

相談者もいない。

代わりに渡されたのは、

数字と事務処理だけの端末だった。


人の声が、

完全に消えた。


それが、

これほど静かなものだとは思わなかった。


昼休み。

誰とも目を合わせずに席を立ち、

ビルの外へ出ようとしたときだった。


「想槍 剛さんですね」


背後から、

落ち着いた声がかかった。


振り返ると、

スーツ姿の男が一人立っていた。

年齢は分からない。

表情も、記憶に残らない。


「少し、お時間よろしいですか」


営業でも、警察でもない。

だが、断れる空気でもなかった。


「……何の用ですか」


男は名刺を差し出さなかった。

代わりに、低い声で言った。


「あなたの“聞き方”についてです」


想槍の足が、止まる。


「悩み110番での勤務。

 通話時間、対応履歴、

 そして――

 最近の件」


最近の件。


その言葉だけで、

胸の奥がざわついた。


「亡くなった相談者の件について、

 あなたが最も長く話していた」


断定ではない。

だが、偶然とも言えない。


「責任を問う話ではありません」


男は、先回りするように言った。


「むしろ、逆です」


彼は、

周囲に人がいないことを確かめてから、

声を落とした。


「あなたのような人を、

 必要としている場所があります」


想槍は、

思わず笑いそうになった。


「……今の僕に?」


「はい」


即答だった。


「人の話を、

 最後まで聞こうとする人」


「感情移入しすぎる人」


「割り切れない人」


それらは、

ここでは欠点だった。


だが男は、

それをすべて並べたうえで言った。


「だからこそ、です」


沈黙が落ちる。


「その場所では、

 あなたは直接、

 誰かを助けることはできません」


その一言で、

想槍は男を見た。


「代わりに、

 無駄になる声がなくなります」


――無駄。


その言葉が、

胸に引っかかった。


「一つだけ、条件があります」


男は続ける。


「この話を聞いたことは、

 誰にも言えません」


「家族にも、友人にも」


「拒否しても、

 今日の会話はなかったことになります」


想槍は、

すぐには答えなかった。


頭に浮かんだのは、

あの声だった。


ニュース記事の文字ではなく、

電話越しの、

途切れがちな呼吸。


もし、

あの声が――

無駄にならない場所があるなら。


「……そこは」


想槍は、

静かに尋ねた。


「人を、救える場所ですか」


男は、

一拍だけ間を置いて答えた。


「“救ったつもりになれる”場所ではありません」


それで十分だった。


想槍剛は、

ゆっくりと頷いた。


その瞬間、

彼はもう、

電話の鳴る場所には戻れなくなった。

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