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相殺式  作者: 冴白
3/4

配属替えの通達

翌朝、

想槍剛はいつもより早く出勤した。


誰かの声を聞かなければ、

昨日の出来事が現実になってしまう気がした。


赤いランプが点灯する前、

背後から名前を呼ばれる。


「想槍」


振り返ると、

フロア責任者の上司が立っていた。

表情はいつもと変わらない。

変わらなすぎるほどだった。


「少し、いいか」


個室の相談ブースではなく、

事務室の奥。

窓のない、小さな会議室だった。


ドアが閉まる音が、

妙に大きく響いた。


上司は椅子に腰を下ろし、

タブレットを机に置いた。


「君の勤務態度について、

 これまで何度か話してきたよな」


想槍は、黙って頷いた。


通話時間が長いこと。

感情移入が強すぎること。

マニュアルを逸脱していること。


全部、分かっていた。


「昨日の件も含めてだ」


その一言で、

胸の奥が、ひくりと縮む。


「……昨日の、件?」


上司は画面から目を離さず、

事務的な声で続けた。


「特定の相談者に対して、

 必要以上に時間を割いている。

 君自身の精神状態も、正直、心配だ」


必要以上。


その言葉が、

想槍の中で何度も反響した。


「僕は……」


言いかけて、

言葉を飲み込む。


亡くなった、とは言えなかった。

まだ、公式には何も知らされていない。


上司は、ようやく顔を上げた。


「想槍。

 君は、向いていない」


責める口調ではなかった。

事実を告げるだけの声だった。


「ここは、

 “寄り添う場所”じゃない。

 “繋ぐ場所”だ」


想槍は、拳を握った。


「繋げなかった人も、います」


その声は、

自分でも驚くほど低かった。


上司は一瞬だけ、

何か言いかけるように口を開き、

そして閉じた。


「……だからだ」


短く、そう言った。


「今日付けで、

 君は悩み110番から外れる。

 別部署への配属替えだ」


想槍の耳に、

その言葉は、

まるで水の中から聞いているように届いた。


「電話は……取れないんですか」


「取らせない」


即答だった。


「君は、

 人の声を聞きすぎる」


沈黙が落ちる。


壁に掛かった時計の秒針が、

やけにうるさい。


「これは、

 処分じゃない」


上司はそう言ったが、

想槍には、

救いの言葉には聞こえなかった。


「……分かりました」


そう答えるのが、

一番楽だった。


会議室を出ると、

フロアでは今日も電話が鳴っている。


誰かが、

聞いてほしいと思っている。


それでも――

もう、自分は取れない。


想槍剛は、

ヘッドセットを机に置いた。


それは、

静かな別れだった。


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