想槍剛、現れる
倉庫だった。
かつて物流拠点だった郊外の建物。
今は使われず、
人の気配だけが異様に濃い。
中には、
百人ほど。
年齢も、服装も、立場も違う。
だが、
全員が同じ目をしていた。
「もう失うものはない」
その目だ。
演壇に立つ男が、
声を張り上げる。
「次で、分からせる」
「否定した連中に、
“選択肢”を与える」
拍手。
歓声。
その瞬間だった。
――ギィ。
後方の扉が、
ゆっくり開く。
誰も、
気に留めなかった。
最初は。
⸻
「話をさせてください」
中央通路を、
一人の男が歩いてくる。
スーツでも、
作業着でもない。
ただの、
地味な服。
何も持っていない。
警備役の男が、
腕を伸ばす。
「誰だ」
想槍は、
立ち止まらない。
「元・悩み110番です」
その一言で、
空気が、
僅かに揺れた。
「あなたたちと、
同じです」
「“救われなかった側”です」
ざわめき。
誰かが叫ぶ。
「嘘つけ!」
「組織の犬だ!」
想槍は、
壇上を見上げ、
はっきり言った。
「違います」
「俺は――
救えなかった人間です」
⸻
沈黙
リーダー格の男が、
ゆっくり近づく。
「名前は」
「想槍剛」
その名に、
何人かが反応する。
「……あいつか」
「相殺に
関わってたって」
想槍は、
否定しない。
「関わりました」
「そして、
壊しました」
「人も、
自分も」
⸻
想槍の言葉
「あなたたちは、
正しい」
一斉に、
息が止まる。
「怒っていい」
「憎んでいい」
「叫んでいい」
「――でも」
想槍は、
声を震わせずに
続けた。
「相殺は、
救いじゃない」
「一瞬、
楽になるだけです」
「その後に残るのは――
“次は誰だ”という
渇きだけだ」
誰かが、
怒鳴る。
「じゃあ、
どうしろってんだ!」
「何も変わらなかった
じゃないか!」
想槍は、
その声を見る。
逃げない。
「変わらなかった」
「だから、
壊したくなる」
「俺も、
そうだった」
⸻
決定的な一言
「でも」
想槍は、
一歩、
前に出る。
「あなたたちが
次に殺すのは
“悪人”じゃない」
「“希望”です」
会場が、
凍りつく。
「相殺は、
均衡じゃない」
「“未来を
使い切る行為”だ」
「あなたたちが
一歩進めば、
世界は一歩
戻れなくなる」
⸻
揺れる中核
リーダーの男が、
低く言う。
「……なら」
「代わりに、
何を出す」
想槍は、
即答しない。
しばらく、
沈黙してから、
言った。
「俺の命」
ざわっ。
「あなたたちが
テロをやめるなら」
「俺は、
表に出る」
「全部話す」
「相殺のことも」
「組織のことも」
「俺が、
“最初の標的”になる」
⸻
銃声は、まだ鳴らない
誰かが、
笑う。
「英雄気取りか?」
想槍は、
首を振る。
「違う」
「贖罪です」
「俺は、
もう数えない」
「誰も、
相殺させない」
長い沈黙。
その時――
外で、
サイレンが鳴り始めた。
包囲だ。
誰かが叫ぶ。
「裏切りだ!」
「罠だ!」
混乱。
怒号。
想槍は、
動かない。
ただ、
立っている。
この場で、
誰かが引き金を引けば、
すべては終わる。
だが――
まだ、
鳴っていない。




