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相殺式  作者: 冴白
21/28

否定される相殺

記者会見は、

突然、告知された。


政府の名前は、

出ていない。


だが、

会場に集まった記者の数が、

ただ事ではなかった。


壇上に立った男を見て、

空気が変わる。


古谷直也。

四十二歳。


官僚でも、

警察幹部でもない。


だが、

**“相殺の中枢にいた男”**だと、

一部では噂されていた。


フラッシュが焚かれる。


古谷は、

一礼もせず、

マイクの前に立った。


⸻


「相殺は、存在しない」


「本日は、

 お集まりいただき

 ありがとうございます」


声は、

落ち着いていた。


「まず、

 はっきり申し上げます」


古谷は、

一瞬も間を置かずに言った。


「“相殺”という制度は、

 存在しません」


ざわめき。


記者の一人が、

すぐに声を上げる。


「では、

 相次ぐ“悪人同士の事故”は

 偶然だと?」


古谷は、

視線を向ける。


「偶然ではありません」


さらに、

ざわつく。


「しかし、

 制度でもありません」


「それは――」


古谷は、

言葉を選ばなかった。


「人間が、

 都合よく意味づけした

 結果です」


⸻


否定 ――冷たい現実


「相殺とは、

 本来、

 “ゼロになる”という

 考え方です」


「ですが」


古谷の声が、

わずかに低くなる。


「人の命は、

 足し引きできません」


「誰かが死ねば、

 必ず――」


「残るものがある」


沈黙。


「恨み」


「後悔」


「誤解」


「そして、

 模倣」


フラッシュが、

一斉に焚かれる。


「今、

 起きている事件の多くは」


「“相殺”を

 理由にした

 私刑です」


「正義ではありません」


⸻


責任の所在


記者が、

鋭く問う。


「あなたは、

 相殺を

 知っていたのでは?」


古谷は、

視線を逸らさない。


「知っていました」


会場が、

息を呑む。


「では、

 あなたも

 責任があるのでは?」


古谷は、

一拍置いた。


「――あります」


はっきりと、

そう言った。


「私たちは、

 “悪人同士ならいい”

 という考えを」


「否定しきれなかった」


「その曖昧さが、

 今の混乱を

 生みました」


誰かが、

小さく息を吸う音がした。


⸻


線を引く


「だから、

 ここで線を引きます」


古谷は、

言葉を強める。


「誰であれ、

 誰かを

 “相殺対象”と

 呼んだ瞬間」


「それは、

 犯罪です」


「動機が

 どれほど

 理解できても」


「理由が

 どれほど

 悲しくても」


「命を選ぶ権利は、

 誰にもない」


⸻


想槍剛へ向けた言葉


会見の終盤。


古谷は、

原稿を閉じた。


そして――

一度だけ、

視線を上げる。


「もし、

 この会見を

 見ている人がいるなら」


「あなたが、

 “相殺”を

 止めようと

 した人なら」


一瞬、

声が揺れた。


「……あなたの選択は、

 間違っていなかった」


その言葉が、

誰に向けられたか。


記者の多くは、

気づいた。


⸻


会見後


ネットは、

再び割れた。


「逃げだ」


「今さら言うな」


「でも、

初めて

正面から否定した」


評価は、

分かれる。


だが。


“相殺は正義”

という言葉は、

初めて

公に否定された。


⸻


想槍剛 ――聞いていた


ネットカフェ。


想槍は、

小さな画面で

その会見を見ていた。


最後の言葉で、

目を閉じる。


「……古谷さん」


逃げろとは、

言わなかった。


戻れとも、

言わなかった。


ただ――

線を引いた。


それは、

組織としてではなく、

一人の人間として。


想槍は、

立ち上がる。


今度は、

自分の番だ。


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