否定される相殺
記者会見は、
突然、告知された。
政府の名前は、
出ていない。
だが、
会場に集まった記者の数が、
ただ事ではなかった。
壇上に立った男を見て、
空気が変わる。
古谷直也。
四十二歳。
官僚でも、
警察幹部でもない。
だが、
**“相殺の中枢にいた男”**だと、
一部では噂されていた。
フラッシュが焚かれる。
古谷は、
一礼もせず、
マイクの前に立った。
⸻
「相殺は、存在しない」
「本日は、
お集まりいただき
ありがとうございます」
声は、
落ち着いていた。
「まず、
はっきり申し上げます」
古谷は、
一瞬も間を置かずに言った。
「“相殺”という制度は、
存在しません」
ざわめき。
記者の一人が、
すぐに声を上げる。
「では、
相次ぐ“悪人同士の事故”は
偶然だと?」
古谷は、
視線を向ける。
「偶然ではありません」
さらに、
ざわつく。
「しかし、
制度でもありません」
「それは――」
古谷は、
言葉を選ばなかった。
「人間が、
都合よく意味づけした
結果です」
⸻
否定 ――冷たい現実
「相殺とは、
本来、
“ゼロになる”という
考え方です」
「ですが」
古谷の声が、
わずかに低くなる。
「人の命は、
足し引きできません」
「誰かが死ねば、
必ず――」
「残るものがある」
沈黙。
「恨み」
「後悔」
「誤解」
「そして、
模倣」
フラッシュが、
一斉に焚かれる。
「今、
起きている事件の多くは」
「“相殺”を
理由にした
私刑です」
「正義ではありません」
⸻
責任の所在
記者が、
鋭く問う。
「あなたは、
相殺を
知っていたのでは?」
古谷は、
視線を逸らさない。
「知っていました」
会場が、
息を呑む。
「では、
あなたも
責任があるのでは?」
古谷は、
一拍置いた。
「――あります」
はっきりと、
そう言った。
「私たちは、
“悪人同士ならいい”
という考えを」
「否定しきれなかった」
「その曖昧さが、
今の混乱を
生みました」
誰かが、
小さく息を吸う音がした。
⸻
線を引く
「だから、
ここで線を引きます」
古谷は、
言葉を強める。
「誰であれ、
誰かを
“相殺対象”と
呼んだ瞬間」
「それは、
犯罪です」
「動機が
どれほど
理解できても」
「理由が
どれほど
悲しくても」
「命を選ぶ権利は、
誰にもない」
⸻
想槍剛へ向けた言葉
会見の終盤。
古谷は、
原稿を閉じた。
そして――
一度だけ、
視線を上げる。
「もし、
この会見を
見ている人がいるなら」
「あなたが、
“相殺”を
止めようと
した人なら」
一瞬、
声が揺れた。
「……あなたの選択は、
間違っていなかった」
その言葉が、
誰に向けられたか。
記者の多くは、
気づいた。
⸻
会見後
ネットは、
再び割れた。
「逃げだ」
「今さら言うな」
「でも、
初めて
正面から否定した」
評価は、
分かれる。
だが。
“相殺は正義”
という言葉は、
初めて
公に否定された。
⸻
想槍剛 ――聞いていた
ネットカフェ。
想槍は、
小さな画面で
その会見を見ていた。
最後の言葉で、
目を閉じる。
「……古谷さん」
逃げろとは、
言わなかった。
戻れとも、
言わなかった。
ただ――
線を引いた。
それは、
組織としてではなく、
一人の人間として。
想槍は、
立ち上がる。
今度は、
自分の番だ。




