表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
相殺式  作者: 冴白
2/4

想槍 剛

想槍ソウショウ タケシの一日は、

赤いランプが点灯する音から始まる。


ピッ、という乾いた電子音。

それは助けを求める合図であり、

同時に、誰かの限界を知らせる音でもあった。


『悩み110番です。どうされましたか』


声は、できるだけ平らに。

感情を乗せすぎない。

それがマニュアルだった。


だが、受話器の向こうから届く息遣いは、

いつも想槍の想定を超えてくる。


言葉にならない沈黙。

何度も言い直される同じ不安。

「自分が悪いんですよね」という、

答えを求めていない問い。


想槍は、相手の話を遮らない。

時計を見ない。

台本も、ほとんど使わない。


その代わり、

相手が言い終わるまで、待つ。


『……話してくれて、ありがとうございます』


その一言で、

電話の向こうの呼吸が、

わずかに整う瞬間がある。


その瞬間が、

想槍は好きだった。


誰かの胸の奥に溜まったものが、

ほんの少しだけ軽くなる。

それだけで、

今日もここに座る理由になった。


だが、背後から同僚の声が飛んでくる。


「想槍さん、長いですよ。

次、待ってます」


彼は「すみません」とだけ答え、

通話時間の表示を見ないふりをした。


切るべきか。

もう少し聞くべきか。


その迷いが、

彼の評価を下げていることを、

想槍は薄々知っていた。


それでも――

切れなかった。


この声を、

途中で手放したくなかった。



通話を終えたあと、

想槍はしばらく受話器を置いたまま、

動けずにいた。


相手の最後の言葉が、

耳の奥に残っていたわけではない。

むしろ、思い出せない部分が多すぎた。


――何を、話していたんだっけ。


その日の業務を終え、

帰宅途中のコンビニで、

彼は何気なくスマートフォンを開いた。


ニュースアプリの通知が、

一件だけ残っている。


【◯◯市で男性死亡 自宅アパートにて】


どこにでもある見出しだった。

事故か、自殺か。

詳細はまだ調査中。


指が、勝手に動いた。


記事を開いた瞬間、

想槍の視界が、わずかに歪んだ。


年齢。

居住地。

職業欄の空白。


――一致していた。


心臓が、音を立てて沈む。


写真は載っていない。

それでも、分かった。


声だ。


昨日、

いや、正確には――

最後に電話を取った相談者の声と、

記事の中の「男性」が、

頭の中で重なった。


「……まさか」


そう呟いた声は、

自分でも驚くほど掠れていた。


想槍は、その場で立ち止まり、

何度も記事を読み返した。


日時。

発見時刻。


電話を切ったあと、

そう時間は経っていない。


助けを求める声を、

確かに聞いた。


確かに、

「大丈夫です」と言った。


でも――

それだけだった。


スマートフォンの画面が暗くなり、

そこに自分の顔が映る。


穏やかで、

何もしていない人間の顔。


想槍は、

ゆっくりと息を吐いた。


救えなかった。


そう断定するには、

まだ情報が足りない。


それでも、

胸の奥で何かが決まってしまった。


――自分は、

あの声を、

最後まで聞けていなかった。


その夜、

想槍は何度も、

業務用の通話記録を思い出そうとした。


だが、

一番聞きたかったはずの言葉だけが、

どうしても、思い出せなかった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ