相殺を求める声
最初は、
冗談のような投稿だった。
「相殺、
うちの近所にも
適用してほしいわ」
「クレーマー上司と
パワハラ部長、
ちょうど二人いる」
笑いの絵文字。
皮肉。
半分、本気。
だが、
数日後。
それは、
願いに変わった。
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「選んでほしい」
匿名掲示板に、
長文が投稿される。
私の弟は、
煽り運転に遭って
殺されました
相手は執行猶予で、
今も普通に暮らしています
相殺が本当にあるなら
あの人も
“同じ目”に
遭うべきじゃないですか?
レスは、
爆発的に増えた。
「それは分かる」
「むしろ、
なぜ今まで
なかった制度?」
「復讐じゃない
公平だ」
“公平”。
その言葉が、
何度も繰り返される。
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署名という形
SNSで、
ハッシュタグが生まれる。
#相殺を望みます
内容は、
簡単だった。
・被害者がいる
・加害者が罰を受けていない
・同レベルの加害者が存在する
→相殺を求める
誰が判断するかは、
書いていない。
だが、
それでも。
署名は、
一日で十万を超えた。
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想槍剛 ――嫌な予感
ネットカフェ。
想槍は、
その流れを見て、
背筋が冷えた。
これは――
怒りじゃない。
諦めだ。
「裁判は遅い」
「法律は甘い」
「声を上げても変わらない」
だから――
誰かに、殺してほしい。
自分の代わりに。
「……だめだ」
想槍は、
小さく首を振る。
これは、
相殺じゃない。
委託殺人だ。
しかも、
“正義”の顔をした。
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一線を越える市民
事件は、
すぐに起きた。
地方都市。
マンションの掲示板に、
張り紙。
【注意】
この建物に
前科者が住んでいます
赤字で、
こう続く。
相殺を
望みます
翌日。
その部屋の住人が、
暴行を受けた。
重傷。
だが、
加害者は言った。
「相殺です」
「俺が悪いなら、
あいつも悪い」
警察署は、
混乱した。
記者会見で、
記者が問う。
「“相殺”という言葉が
影響したのでは?」
警察幹部は、
言葉を選びながら答える。
「そのような
制度は存在しません」
だが――
もう遅かった。
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組織の恐怖
地下会議室。
古谷直也は、
初めて声を荒げた。
「制御不能だ」
「我々が
管理していた“相殺”が」
「市民の免罪符に
なり始めている」
小谷とおるが、
低く言う。
「……誰かが、
止めないと」
古谷は、
目を伏せる。
「皮肉だな」
「止められるのは、
“相殺を否定した男”
だけかもしれない」
その名は、
口に出されなかった。
だが、
全員が思い浮かべていた。
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想槍剛 ――選ばれる側へ
その夜。
想槍の元に、
一本のDMが届く。
あなたですよね
相殺の
内部にいた人
お願いです
選んでください
手が、
震える。
市民が、
裁定を求めている。
これは、
組織以上に危険だ。
想槍は、
画面を閉じ、
深く息を吸った。
逃げ続ければ、
誰かが“相殺ごっこ”で
死ぬ。
関われば、
今度は自分が
“神”にされる。
――どちらも、
間違っている。
想槍は、
決める。
選ばない。
だが、黙らない。
ここからは――
命を救う話ではない。
世界に、
「線」を引く話だ。




