静かすぎる夜
その夜は、
異様なほど静かだった。
サイレンもない。
怒号もない。
ただ、
黒い車が二台、
詐欺実行役のアジト前に停まった。
想槍剛は、
窓の外を見て、
すぐ理解した。
――来た。
ドアをノックする音は、
なかった。
鍵が、
正規の手順で開く。
スーツ姿の男が二人。
銃は見えない。
だが、
「仕事」だと一目でわかる。
先頭に立つ男が言った。
「想槍剛」
声に、
感情はない。
「政府公認秘密機関より、
回収命令が出ている」
想槍は、
ゆっくりと立ち上がった。
「……排除ですか」
「場合による」
それは、
答えではなかった。
男は続ける。
「君は、
対象に直接接触した」
「相殺計画を妨害し、
結果として新たな死者を出した」
「――危険因子だ」
想槍は、
目を伏せた。
否定できない。
だが――
後悔も、
なかった。
「……彼は、
今夜、電話をかけていません」
男は、
一瞬だけ黙る。
「評価対象外だ」
その言葉で、
全てが終わった。
「連行する」
男が一歩、
近づいた。
その時だった。
⸻
田村しずく ――選んだ裏切り
「待ってください」
震えるが、
はっきりした声。
廊下の奥から、
田村しずくが現れた。
「その人は、
武装していません」
男が、
田村を見る。
「警察官だな」
「はい」
田村は、
唾を飲み込む。
「この人は、
違法行為を止めました」
「結果がどうあれ、
“今夜の被害”を防いだ」
男は、
冷たく言った。
「感情論だ」
「いいえ」
田村の声が、
強くなる。
「これは、
警察官としての
判断です」
男は、
わずかに眉を動かした。
「君も、
危険因子になるぞ」
田村は、
一歩、前に出た。
「――なります」
即答だった。
「私は、
いじめを無くすために
警察になりました」
「でも、
この組織は」
声が、
少し震える。
「弱い人を、
計算に入れていない」
沈黙。
その隙に――
田村は、
想槍の腕を掴んだ。
「走って」
「え……?」
「今です!」
⸻
逃走 ――人を選んだ結果
田村は、
非常階段の扉を開けた。
警報が、
鳴らない。
――事前に、
切っていた。
小谷とおるの、
顔が一瞬、
頭をよぎる。
(……見逃したな)
階段を、
駆け下りる。
背後で、
声が飛ぶ。
「止まれ!」
だが、
発砲はない。
撃てない。
命令が曖昧だからだ。
外に出た瞬間、
夜風が二人を包む。
「田村さん!」
想槍が叫ぶ。
「あなたまで――」
「いいんです!」
田村は、
振り返らずに言った。
「一人だけ、
逃げる正義なんて
ありません!」
二人は、
路地に消えた。
⸻
残された者たち
黒い車の中。
報告を受けた
古谷直也は、
目を閉じた。
「……田村が、
選んだか」
誰にともなく、
呟く。
小谷とおるは、
モニターを見たまま、
何も言わなかった。
ただ、
監視カメラのログを――
数分だけ、消した。
⸻
そして、想槍剛は
走りながら、
想槍は思う。
もう、
戻れない。
相殺の世界にも。
守られた正義にも。
だが。
今夜、
電話は鳴らなかった。
それだけは、
確かだった。
想槍剛は、
初めて理解する。
正義は、
制度の中ではなく、
選択の中にある。
そして――
この逃走が、
本当の物語の始まりだと。




