声の主へ
想槍 剛は、
隔離室の端末を静かに閉じた。
警告音は鳴らなかった。
小谷とおるが、
意図的にログを曖昧にしている。
――見逃してくれた。
それが、
最後の温情だと分かっていた。
想槍は、
上着を掴み、
夜の街に出た。
目的地は一つ。
詐欺実行役のアジト。
組織のデータで、
住所は把握している。
本来なら、
現場に行く権限はない。
だが――
もう、
許可はいらなかった。
⸻
声の正体
雑居ビルの一室。
カーテンは閉まり、
中から青白い光が漏れている。
想槍は、
深呼吸を一つして、
インターホンを押した。
反応はない。
だが、
中に人がいる気配は、
はっきりとある。
想槍は、
ドア越しに言った。
「――悩み110番です」
一瞬、
中の物音が止まった。
鍵が、
ゆっくりと回る。
ドアを開けた男は、
あの時の顔だった。
詐欺実行役。
目の下に、
濃いクマ。
「……誰だ」
想槍は、
静かに答えた。
「あなたが、
“守る”と言った人の
相談を受けていた者です」
男の瞳が、
揺れる。
「……何の話だ」
想槍は、
一歩、部屋に入った。
狭い。
機材だらけ。
電話番号のリスト。
――間違いない。
「七十代の女性」
「昨日、
亡くなりました」
男の口が、
わずかに開く。
「……知らねぇ」
「心不全です」
「事件性はない」
「でも――
あなたの電話の、
翌日です」
沈黙。
エアコンの音だけが、
響く。
「俺は、
殺してない」
男は、
そう言った。
想槍は、
頷いた。
「知っています」
「あなたは、
“やり方通り”に
やっただけ」
男の肩が、
少し下がる。
「……なら、
何しに来た」
想槍は、
目を逸らさなかった。
「あなたを、
止めに来ました」
男は、
鼻で笑った。
「無理だ」
「俺がやめても、
代わりはいくらでもいる」
「それでも」
想槍は、
一歩、近づく。
「あなたは、
今日も誰かの声を
聞く」
「だから、
あなたが止まれば」
「今日、
一人は生きる」
男の喉が、
鳴る。
「……綺麗事だ」
「そうです」
想槍は、
即答した。
「でも、
昨日亡くなった人は」
「“綺麗事”を
信じて、
電話を切った」
男の拳が、
震え出す。
「……黙れ」
「黙りません」
想槍の声は、
低い。
「あなたは、
人を殺していない」
「でも、
人が死ぬ場所を
選び続けている」
男は、
叫んだ。
「じゃあどうしろ!」
「今さら、
俺に何ができる!」
想槍は、
一拍置いて言った。
「――今夜、
電話を切る」
「それだけでいい」
沈黙。
長い、
長い沈黙。
やがて、
男は椅子に座り込み、
頭を抱えた。
「……怖ぇんだよ」
声が、
初めて震えた。
「止めたら、
俺がどうなるか」
想槍は、
静かに答える。
「あなたは、
生きます」
「罪も、
後悔も、
全部抱えて」
「それが、
“相殺されない罰”です」
男は、
顔を上げた。
「……お前は」
「何なんだ」
想槍は、
少しだけ、
微笑った。
「声を、
最後まで聞く人間です」
⸻
その頃、組織では
古谷直也は、
報告を受けていた。
「想槍が、
対象に接触しました」
田村しずくが、
唇を噛む。
「……間に合いますか」
古谷は、
目を閉じた。
「もう、
戻れない」
だが――
小さく、
こう続けた。
「だからこそ、
結果を見届ける」
その夜。
詐欺実行役の電話は、
一本も、
かからなかった。
だが。
想槍剛の立場は、
完全に、
敵側へと移った。




