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相殺式  作者: 冴白
12/28

止めに行く

夜だった。


相殺が実行される予定時刻まで、

残り二時間。


想槍剛は、

誰にも告げずに席を立った。


古谷直也の着信には、

出なかった。


今、

声を聞けば、

戻される。


小谷とおるのモニターには、

すでに二人の対象が映っているはずだった。


詐欺の実行役。

危険運転の常習犯。


互いに、

同じ飲み屋へ向かっている。


偶然を装った、

必然。


想槍は、

ビルを出ると、

冷たい夜気の中を走った。


――止める。


だが、

どうやって。


警察に通報すれば、

組織に足がつく。


直接、

説得する?


無理だ。


それでも――

行かなければならなかった。


あの遺族の声が、

まだ耳に残っている。


「殺してほしい、

 なんて言いません」


その言葉が、

想槍を突き動かしていた。



飲み屋の前で


繁華街の裏通り。


安いネオン。

笑い声。

何も知らない日常。


想槍は、

通りの向こうに、

一人目の男を見つけた。


詐欺の実行役。


スマートフォンを見ながら、

誰かとメッセージを打っている。


――今も、

誰かを騙している。


胸が、

締めつけられる。


だが、

憎しみは湧かなかった。


湧いたのは、

虚しさだった。


想槍は、

男の前に立った。


「少し、

 いいですか」


男は、

怪訝な顔をする。


「誰だよ」


「あなたに、

 聞いてほしい話がある」


男は、

舌打ちをした。


「今、

 忙しいんだけど」


「あなたが、

 忙しくしている間に」


想槍は、

静かに言った。


「一人、

 死んでいます」


男の手が、

一瞬、止まる。


「……は?」


「あなたが騙した人の、

 娘さんです」


嘘は、

ついていない。


結果だけを、

伝えただけだ。


「自殺しました」


沈黙。


周囲の喧騒が、

遠のく。


「……関係ねぇだろ」


男は、

視線を逸らした。


「俺がやらなくても、

 誰かがやる」


想槍は、

一歩、近づいた。


「そうでしょうね」


「でも、

 あなたがやった」


男の拳が、

震える。


「だから、

 今夜――」


言いかけて、

想槍は、

言葉を変えた。


「今夜、

 あなたは死にかけます」


男の顔色が、

変わった。


「冗談だろ」


「冗談なら、

 よかったですね」


想槍は、

視線を逸らさない。


「飲み屋に行けば、

 事故に遭います」


「偶然、

 危険運転の常習犯と

 出会う」


「――それが、

 今夜の予定です」


男の喉が、

鳴った。


「……誰だよ、

 お前」


「声を、

 聞く人間です」


想槍は、

そう答えた。


「あなたの声も、

 被害者の声も」


沈黙が、

数秒続く。


「……どうすりゃ、

 いい」


男の声は、

初めて、

弱かった。


想槍は、

ゆっくり言った。


「今夜、

 飲みに行かない」


「スマホを切る」


「帰って、

 一人で考えてください」


「それだけで、

 相殺は成立しません」


遠くで、

車のエンジン音が響く。


二人目が、

近づいている。


想槍は、

踵を返した。


これ以上、

ここにいれば、

巻き込まれる。



崩れ始める計画


角を曲がった瞬間、

携帯が激しく震えた。


古谷直也。


出た。


『――想槍』


低く、

怒りを抑えた声。


『何をしている』


「止めに来ました」


即答だった。


『誰の判断だ』


「僕です」


一拍の沈黙。


『……覚悟はあるか』


「あります」


『それは、

 “助ける覚悟”か』


「――違います」


想槍は、

はっきり言った。


「殺さずに済ませる覚悟です」


通話の向こうで、

何かが壊れる気配がした。


『戻れ』


「戻りません」


『君は――』


古谷の声が、

わずかに揺れた。


『この組織を、

 壊す気か』


想槍は、

夜空を見上げた。


「……いいえ」


「壊したいのは、

 “相殺しか答えがない”

 このやり方です」


通話が、

切れた。


その瞬間、

想槍剛は理解した。


もう、

守られる側ではない。


この夜を越えたら――

自分は、

組織にとって

 最も危険な存在になる。


それでも。


足は、

止まらなかった。

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