被害者遺族の声
面会場所は、
都心から外れた公民館の一室だった。
畳の匂い。
古いストーブの音。
どこにでもある、
生活の延長にある空間。
想槍剛は、
名を伏せたまま、
「相談員」としてそこに座っていた。
向かいに座るのは、
六十代半ばの男性。
背中が、
少しだけ丸まっている。
「……今日は、
来ていただいて
ありがとうございます」
男性は、
丁寧に頭を下げた。
「いえ……
こちらこそ」
想槍の声は、
自然と低くなった。
男性は、
一度だけ深呼吸をして、
語り始める。
「娘が、
亡くなりました」
言い切りだった。
感情を抑えるための、
言い切り。
「詐欺に、
遭いましてね」
「老後の資金を、
全部、取られました」
想槍は、
何も言わない。
ただ、
聞く。
「最初は、
怒っていました」
「なんで、
こんな話を信じたんだって」
声が、
わずかに揺れる。
「……今は」
男性は、
机の上に置いた手を見つめる。
「怒る相手が、
いないんです」
沈黙。
想槍の胸が、
きり、と鳴った。
「警察も、
動いてくれました」
「でも、
捕まらない」
「捕まっても、
返ってこない」
男性は、
静かに笑った。
「全部、
分かってるんです」
「それでも――」
言葉が、
一瞬、途切れる。
「……誰かに、
聞いてほしかった」
想槍の指先が、
わずかに震えた。
「娘は、
弱い人間じゃなかった」
「人に迷惑をかけるのが、
一番嫌いで」
「だから……
誰にも、
相談できなかった」
想槍の頭に、
あのニュースの文字が浮かぶ。
後日、自殺。
「もし」
男性は、
顔を上げた。
その目は、
真っ直ぐだった。
「もし、
あの詐欺をやった人間が――」
「今も、
どこかで同じことを
繰り返しているなら」
想槍の喉が、
詰まる。
「……止めてほしいです」
それは、
復讐の声ではなかった。
「殺してほしい、
なんて言いません」
「ただ……
これ以上、
同じ思いをする人が
出ないように」
男性は、
深く、頭を下げた。
「お願いします」
その言葉が、
想槍の中で、
何かを決定づけた。
――止めたい。
だが、
どうやって。
「……お話、
ありがとうございました」
そう言うのが、
精一杯だった。
面会が終わり、
外に出る。
夕方の風が、
やけに冷たい。
そのとき、
想槍の耳に、
あの男性の最後の言葉が
蘇った。
「殺してほしい、
なんて言いません」
想槍は、
はっきりと理解した。
相殺は、
遺族の望みではない。
だが同時に――
放置も、
望まれていない。
その矛盾の中心に、
自分が立っている。
携帯が震える。
古谷直也からの、
着信だった。
想槍は、
画面を見つめたまま、
しばらく出られなかった。
――次に口を開いた瞬間、
自分は、
もう「聞くだけの人間」では
いられなくなる。
そう、
分かっていたからだ。




